ヒトなどの高等哺乳動物では大脳皮質は特に発達しており、発達期にその組織構築がダイナミックに変化しシワ(脳回)を形成する。進化における脳回の獲得は高次脳機能の発達の基盤であり、脳回異常疾患では著しい脳機能障害を呈することから、脳回の形成メカニズムおよび疾患病態の解明は神経科学の重要研究課題である。実際、脳回形成が障害され平滑な脳表面を示す疾患であるヒト滑脳症では、乳児期早期より難治性てんかんと重度の精神発達遅滞を伴う。このように、脳回形成とその異常により生じる脳機能障害に関する研究は、基礎神経科学のみならず臨床脳医学へも波及効果が大きい研究課題である。イタチ科に属するフェレットは、脳回や眼優位性カラムなど高等哺乳動物に特徴的な発達した脳神経構築を持つことから形態学的および生理学的研究に多く用いられてきたが、分子遺伝学的研究は解析手法が確立されておらず遅れていた。最近我々は、子宮内電気穿孔法とCRISPR/Cas9システムとを組み合わせることにより、脳回を持つフェレットの大脳皮質において遺伝子ノックアウト法を確立した。本研究では、この独自技術を用いて脳回形成機構の解明を目指した。ヒト滑脳症の原因遺伝子として知られているCdk5遺伝子のノックアウトを行った。Cdk5に対するCRISPR/Cas9プラスミド(pX330-Cdk5)を導入した結果、EGFP陽性細胞の約半数で、Cdk5の機能が喪失し放射状移動が障害されていた。次に、フェレット脳回形成においてCdk5が重要であるかを調べるために、pX330-Cdk5を導入した個体の組織学的解析を行った。その結果、pX330-Cdk5を導入した個体では脳回の低形成が観察された。これらの結果から、神経細胞の放射状移動が脳回形成に必須であることが示唆された。
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