バイオ医薬品は、多くが抗体など高分子量タンパク質であり、哺乳細胞を用いて発現され、精製を経て、高濃度の溶液として製剤化される。高分子量タンパク質は、発現、精製、溶液条件はもとより、保存状態など様々な環境要因により立体構造が変化する。よって、バイオ医薬品の品質評価においては、製剤化された条件において、非破壊的に、立体構造を直接評価する技術が不可欠である。 本研究では、多様な溶液状態でタンパク質の立体構造解析が可能なNMR法を用いて、完全に非破壊的なバイオ医薬品の立体構造的評価を可能にする新たな技術を確立することを目的とする。しかしながら、高分子量タンパク質のNMR解析は、従来、重水素標識を前提としており、重水素中での培養が困難な哺乳動物細胞で発現されるバイオ医薬に適用することは不可能である。そこで、本研究では、新たな解析手法15N観測CRINEPT法を開発・適用することでこの問題の解決に挑戦した。 本研究では初年度に15N観測CRINEPT法を確立し、その有効性を200kDaのプロテアソームに対して適応し実証するとともに、2年度目に、15N観測CRINEPT法を抗体医薬品と99%以上のアミノ酸配列相同性を持つ抗体に対して適用し、当該抗体の添付文書に記載の溶液条件かつ低温保存温度でのNMRスペクトルの取得に成功した。15N観測法では溶媒由来のシグナルが全く観測されないため、製剤条件に左右されない均質な測定が可能であった。また今後、低分子医薬品におけるジェネリックに相当する、バイオシミラーの開発が進むと、その素性を、立体構造的に明らかにする必要が生じる。その際、発現条件などに左右される糖鎖修飾は、バイオ医薬品の指紋として活用できる。本研究では、15N観測CRINEPT法の高分解能特性を生かして、特にバラエティーに富む糖鎖末端のガラクトース(Gal)の有無を区別ことにも成功した。
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