最終年度である本年度の研究では、昨年度までに開発した研究ツールを用いて全ゲノムを対象とした遺伝学的スクリーニングを行い、細胞内の鉄量を増加させる分子と、逆に減少させる分子の網羅的探索を行った。細胞内鉄量に応じて蛍光強度が変化するレポーター細胞にCRISPR法を用いて全ゲノムを対象にランダムな遺伝子変異を導入し、蛍光強度が増加した上位5%と、逆に減少した下位5%の細胞集団をセルソーターでそれぞれ分離・培養した。その後、ソーティング前の細胞集団とソーティング後の細胞集団からそれぞれゲノムDNAを抽出し、CRISPR法による遺伝子変異の導入に使用されたsgRNA配列を次世代シーケンサーで比較解析することにより、鉄量が増加・減少したそれぞれの細胞集団に導入された遺伝子変異を調べた。その結果、遺伝子欠損により細胞内の鉄量を増加させた因子として68個、鉄量を減少させた因子として34個の候補因子をそれぞれ有意差をもって同定した。遺伝子欠損により細胞内鉄量を増加させる候補因子のインフォマティクス解析を行った結果、PI3K-Akt経路に関連する分子が多く含まれていることを見出した。また、遺伝子欠損により細胞内鉄量を減少させる候補因子も同様に、成長因子やサイトカインシグナルに関わるもの、およびインスリンシグナルに応じた細胞内への糖の取り込みに関わるものが多く含まれていた。これらの結果は種々の細胞内シグナル伝達経路の状態が細胞内鉄量の増減に関与する可能性を示唆しており、シグナル伝達経路と鉄代謝制御の深い連関が浮き彫りになった。
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