本研究においては、私たちの研究グループの内田らが開発したがん細胞選択的な侵入特性を有する標的化改変単純ヘルペスウイルス(HSV)を造血器腫瘍の治療法に応用することを目指した基礎検討を行った。まず、複数のヒト造血器腫瘍細胞株についてフローサイトメトリーを施行したところ、それぞれHSV受容体の発現が検出された。しかしながら、標的化改変を施していない通常のHSV亜株を感染させたところ、これらのうち約半数の細胞株では感染感受性が認められたが、残りの約半数は感染抵抗性を示した。この結果は、HSVの侵入受容体の発現のみがHSVの侵入の可否を規定するとは限らないことを示唆し、学術的に意義深い。また、一部の細胞株において、ある既知の腫瘍関連抗原が発現していることが判明した。この抗原がヒト造血器腫瘍細胞株に発現していることはほとんど知られていないため注目に値するものと考えられた。そこで、私たちの標的化改変HSVにこの抗原を認識する単鎖抗体を挿入した組換えHSVを感染させる実験を行うこととした。その結果、期待通り、この抗原を発現する細胞株はすべてこの標的化HSVに対する感受性を示した一方、この抗原を発現しない残りの細胞株はすべてこの標的化HSVに対する抵抗性を示した。これらの結果から、私たちの標的化改変HSVがこの抗原を発現する造血器腫瘍に対する新たな治療薬となりうる可能性が示唆された。さらに、私たちの研究グループにおいて独自に考案した抗体探索プローブを用いて、ヒト造血器腫瘍などの細胞株の表面に発現する抗原を認識するがん標的化治療用の抗体の機能的スクリーニングを施行した。その結果、腫瘍細胞に高発現する表面抗原を認識する新たな抗体を複数取得することに成功した。今後はこれらの抗体のうち腫瘍選択性の高い抗体を私たちの標的化改変HSVに適用し、新規治療法の開発に発展させたい。
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