研究課題
ゲノム編集技術は、パラダイムシフトと呼ぶにふさわしい新たな研究展開を生物学のあらゆる分野にもたらしている。本研究では、ゲノム編集技術(CRISPR)を利用した組織特異的遺伝子ノックアウト法により、発がん抑制機構の1つである組織幹細胞間の競合(Stem Cell competition)解析系確立を目指している。突然変異誘発は、放射線や化学変異原など多様な環境ストレス(DNA損傷ストレス)に共通の最終生物影響である。がん組織、正常組織のゲノム解析から、突然変異誘発が「発がん」の基本要因である事は明らかであるが、一方で、たとえ変異が蓄積していてもがん化を抑制する機構の存在が示唆されている。本研究は、この実体解明の方法論を提案するとともに、関与遺伝子の実証を目指すものであり、組織構築、細胞増殖、がん抑制遺伝子としてそれぞれFat1, Notch1, p53, Bap1遺伝子を対象としている。本年度は、CRISPRによりFat1およびBap1遺伝子変異体を樹立することができた。Fat1およびBap1遺伝子エキソン内に、それぞれ5bpおよび7bp欠失、1bp挿入および8bp欠失を持つヘテロ変異体を得、両者の交配により両変異アレルを持つホモ変異体を樹立を試みた。Fat1ホモ変異個体はviableかつfertileであった。しかしながら、Fat1ヘテロ変異個体の交配からは雌のみしか得られないといった性差が見られた。一方、Bap1変異体は、マウスでは胚性致死となる。メダカにおいても、Bap1ホモ変異体は孵化するものの成魚は得られず、マウス同様の表現型であることが判明した。
2: おおむね順調に進展している
本研究の目標は、組織構築、細胞増殖、がん抑制遺伝子のヌル変異を同一個体に導入し、発癌過程の体組織レベルでの解析系を樹立する事である。「研究成果の概要」でも述べたように、Fat1(組織構築), Bap1(がん抑制)遺伝子については、令和元年度にホモ変異個体の樹立に成功した。Fat1変異体に関しては、ヘテロ変異個体の交配によるホモ個体が雌しか得られないといった予想外の「性差による偏り」が観られたが、この雌個体は正常なfertilityを示すことから、雄ヘテロ個体との交配により次世代作製が可能であり、本研究進捗には障害とはならない。またがん抑制遺伝子であるp53については既に当研究室で樹立している。現在、Notch1遺伝子変異個体の作製を行うとともに、得られた変異のダブル、トリプル変異個体の作製にとりかかっている。概ね計画通りに進められていると判断している。
今年度は、Notch1遺伝子変異体を作製し、これまでに得られたFat1, Bap1, p53変異とのダブル・トリプル変異体の作製を行う。Notch1はメダカに2つのオーソログがあるため、両方に変異導入可能なgRNAをそれぞれ設計し、in vitro RNA合成し、Cas9タンパクと共にFat1変異体とBap1変異体、Fat1変異体とp53変異体、各々の掛け合わせの受精卵にinjectionする。なお、Bap1変異に関しては、マウスではヘテロ変異でも高発がんの表現型が見られるため、ヘテロ個体でのダブル・トリプル変異体作製を行う。また、Fat1変異アリル選択性の性差の原因としては、検討した個体数が少なかったため偶然見られた、変異導入時のオフターゲット効果、Fat1変異による表現型等が考えられる。いずれによるのかの確認を行う。
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Genes to Cells
巻: 25 ページ: 124-138
10.1111/gtc.12746