研究課題
がんの発生・悪性化の過程では、複雑でダイナミックな周囲の環境変化が生じており、がん細胞の増殖や浸潤・転移能の維持に必須である。所謂、がん微小環境の維持には、がん細胞から分泌されるサイトカインや成長因子などが重要であるが、細胞外小胞(Extracellular vesicles: EVs)や分泌マイクロRNA(miRNAs)の機能も極めて重要であることが解ってきた。がん細胞から分泌されるmiRNAsは、受け手細胞の遺伝子発現プロファイルのリプログラミングを可能とし、細胞特性を大きく変化させることに貢献している。しかしながら、がん細胞が如何にして特定miRNAを選別し、どのような分泌様式で細胞外へと分泌しているのかその詳細は不明な点が多い。エクソソームを含むEVsは、miRNAの細胞外分泌の主要な担体であると考えられている。当研究グループは、特定miRNAのエクソソームへの取り込み機構に関する研究を行ってきた。肺がん、膵臓がん、大腸がん細胞株のエクソソーム画分に濃縮されるmiRNAプロファイルを取得し、これらの細胞内発現量の相関を検討すると、2種類のメカニズムでmiRNAが分泌されている可能性が考えられた。一つは、細胞内発現量と正の相関を示す細胞外miRNAであり、内在性の発現量が分泌量を規定していると推察される。一方、細胞内での発現が低いのにもかかわらず、細胞外の存在量が多いmiRNも存在する。我々の結果から、このタイプの細胞外miRNAは、エクソソームに内包されておらず、タンパク質複合体として存在していることを見出した。本研究では、様々ながん種の細胞外miRNAの存在様式を詳細に、且つ、網羅的に解析し分類する。また、それらの機能を検討し、細胞外miRNAをカタログ化する。さらに、新規のmiRNA分泌に関与するタンパク質複合体を同定する。
2: おおむね順調に進展している
肺がん細胞株および肉腫細胞株の細胞外miRNAの解析から、複数のmiRNAががん細胞の培養条件によって分泌される量が変化することがわかった。超遠心法によりエクソソーム濃縮画分を調整し、さらにショ糖密度勾配遠心法で分離し、栄養状態によって変動する画分の検討を実施した。低栄養状況でがん細胞を培養した際に、上昇する特定のフラクションが存在することがわかった。ここには、miRNAとともに当研究室で同定した細胞膜タンパク質も増加することから、この膜タンパク質が局在・介在する細胞外小胞を利用して分泌が亢進している可能性が考えられた。当該膜タンパク質にタグを導入し、さらにドキシサイクリンで誘導可能な安定細胞株を作出した。この細胞にドキシサイクリンを添加し、タグに対する抗体で蛍光免疫染色を行うと、細胞内に小胞状の局在を認めた。興味深いことに、細胞膜近傍ではアクチンファイバーと共局在することから、Microvesicle様の小胞、もしくは様式で分泌されていることが強く示唆された。事実、密度勾配遠心法でも、典型的なエクソソームマーカーとは局在が完全には一致していない。これらの知見から、がん細胞は栄養状態に依存した、細胞内メカニズムを利用して特定のmiRNAを細胞外へと放出していることが示唆された。一方、この画分に局在するタンパク質分子を網羅的に解析する必要性も強く示唆された。
本年度の研究から、miRNAの分泌様式、特にがん細胞が晒された環境状況に応じて、特異的なmiRNAを分泌することが強く示唆された。これは、微小環境への適応を考える上では極めて重要な知見である。本研究の細胞外miRNAのカタログ化に向けて、まずはこの画分に濃縮されるmiRNAとタンパク質分子を同定することが必要となる。方法としては、密度勾配遠心法によって濃縮した当該画分(各々を異なる培養条件下で調整)を用いて、miRNAマイクロアレイ、および質量分析によりタンパク質の同定を試みる。質量分析に関しては、膜タンパク質がメインとなるために、その調製方法に注意が必要だと考える。通常の濃縮を経て全量を質量分析に資すると、膜局在のマーカータンパク質が検出しにくいという問題が生じる。実際に、イッムノブロッティングで強く検出できるマーカータンパク質が、質量分析では、そのフラグメントがほとんど検出できないことが多い。したがって、脂質二重膜を除去し、タンパク質を濃縮したのちに質量分析に資する必要がある。来年度は、タンパク質の調製法の検討を加えて、膜タンパク質を十分に検出できる実験系を用いて質量分析を実施し、当該画分に培養栄養状態に依存して濃縮される分子を網羅的に解析する。また、当研究室で同定している膜タンパク質についても、免疫沈降等により複合体を濃縮し質量分析によりその構成成分を解析する。当該分子は、細胞内で膜小胞に局在することが示唆されており、細胞分画法でも、膜局在が強くしさされる。したがって、上記と同様に免疫沈降を実施する際の条件検討を実施し、適切な条件で複合体を濃縮し、質量分析による網羅的解析を実施する。
本年度の当初の予定では、網羅的解析を実施する予定であったが、細胞培養条件等の検討により、栄養状態に依存して分泌されるmiRNAが異なる事、それはエクソソーム等の既知の分泌小胞とは異なる分泌経路を利用している可能性を見出した。そこで、生化学的手法を用いて、その画分の詳細な検討を加え、網羅的解析に資するサンプル調製について検討を加えている。研究費は限られているため、効率よくデータを取得する必要がある。したがって、本年度の網羅的解析を、次年度に実施する予定とし、細胞生物学的な検討を主としたためである。来年度は、本年度に見出した新たな細胞外小胞画分を用いて、質量分析等の網羅的解析を実施する。そのためには、解析費用として100万円以上の予算を確保する必要があるため、次年度へと繰越することとした。
すべて 2019 2018
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 2件)
Nature Communications
巻: 10 ページ: 1299
doi: 10.1038/s41467-019-09143-8
EBioMedicine
巻: 33 ページ: 33-48
doi: 10.1016/j.ebiom.2018.06.031.