研究課題/領域番号 |
18K19552
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研究機関 | 自治医科大学 |
研究代表者 |
永井 良三 自治医科大学, 医学部, 学長 (60207975)
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研究分担者 |
横山 茂之 国立研究開発法人理化学研究所, 科技ハブ産連本部, 特別招聘研究員 (00159229)
砂塚 敏明 北里大学, 感染制御科学府, 教授 (30226592)
相澤 健一 自治医科大学, 医学部, 准教授 (70436484)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2021-03-31
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キーワード | 心不全 / 癌 / PDK4 / 立体構造解析 |
研究実績の概要 |
心臓は毎日10トン近い血液を送り出しつつ、変動する負荷に適応している。適応できない状態が心不全である。成人の心臓は一日に約35㎏のATPを合成する。これによって心臓は動き続けることが出来る。ATPは好気的な解糖系すなわちTCAサイクルと酸化的リン酸化により合成される。しかし心不全になると、TCAサイクルの鍵酵素であるPDH(ピルビン酸脱水素酵素)が、活性化したPDK4(ピルビン酸脱水素酵素キナーゼ)によりリン酸化されて抑制され、解糖系は嫌気性代謝に転換する。これによりATP合成効率は極度に低下する。このためPDK4阻害薬は新規の心不全治療薬として期待されているが、これまでどの企業も成功していない。我々は、すでにPDK4阻害作用のあるリード化合物を同定し、PDK4と化合物との共結晶の構造解明にまで進んだ。本研究では、立体構造に基づくin silico設計によってPDK4阻害薬(KIS化合物)の化学構造を改良し、既存のPDK4阻害薬よりも有効な化合物を開発するため、PDK4蛋白・KIS化合物複合体を結晶化し、X線結晶構造解析を行った。明らかにしたPDK4蛋白とPDK4阻害薬の蛋白薬物複合体の立体構造解析の結果を踏まえ、より強くPDK4蛋白に結合し、強力にPDK4の機能を阻害する立体構造を持つと期待される候補化合物群を、ダイクロロ酢酸もしくはKIS化合物の構造をベースに設計、化学合成を行った。さらに、PDK4阻害薬の心不全治療効果等のマウスモデルによる検証と、治療効果の高いPDK4阻害薬の選択を行った。このように、本研究では分子構造学的な手法を用いて化合物を改良し、新規の心不全および癌治療薬として実用化を目差すものである。研究2年目は計画通りに研究を実施し、治療効果の高いPDK4阻害薬の選択に至る成果を得た。また、その過程で、新規PDK4阻害薬に想定していなかった抗がん作用が認められた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
我々は過去にPDK4活性を阻害する新規KIS化合物をリード化合物として同定した。そこで今回の研究において我々は、PDK4蛋白・KIS化合物複合体を結晶化し立体構造を解析する。心不全モデルマウスを用いて新規KIS化合物の薬効評価を行い、心不全治療効果の高いPDK4阻害薬を選び出した。同時に、これらのPDK4阻害薬の薬理学的解析を行い、その作用メカニズムを検討した。一方で、我々はこれまでに転写因子KLF5が心血管系リモデリングや癌の病態等に重要であることを明らかにした。特に、間葉系細胞におけるKLF5活性化は心肥大や臓器線維化の重要な要因であるため、KLF5の機能を制御する薬は心血管リモデリングや癌の病態を改善すると期待される。これらの実績に基づき、我々はKLF5の活性を抑制する化合物を探索した。KLF5は特定の立体構造をとらない天然変性蛋白であり、Znフィンガー領域以外は結晶化が困難である。したがって、KLF5の立体構造に基づく阻害薬の開発も困難である。今回、我々はin silicoの方法を駆使してKLF5の阻害作用を有する新規低分子化合物を設計および合成した。この化合物はin vitroでPDK4の阻害作用を有することを明らかにした。さらに、in vivoで心不全と癌の治療効果を有すること明らかにした。なお、両化合物ともに、in vivoでの心不全治療効果および抗腫瘍活性等を評価するために大量合成を実施し、種々の評価に供した。具体的には、北里研究所で開発された新規PDK4阻害薬ライブラリを圧負荷心不全モデルマウスに投与し、in vivoにおける薬理作用を評価した。心不全への治療効果を認めた化合物について、心筋PDK4活性、解糖系代謝物の変化等を評価し、分子機序を明らかにした。その過程で、新規PDK4阻害薬に想定していなかった抗がん作用が認められた。これを明らかにするための追加実験の実施や論文投稿を行うため、補助事業期間を延長する。
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今後の研究の推進方策 |
今後は引き続き、立体構造に基づくin silico設計によりKIS化合物の化学構造を改良する。既存のPDK4阻害薬よりも有効な化合物を開発するため、PDK4蛋白・KIS化合物複合体を結晶化し、X線結晶構造解析を行う。PDK4蛋白とPDK4阻害薬の蛋白薬物複合体の立体構造解析の結果を踏まえ、より強くPDK4蛋白に結合し、強力にPDK4の機能を阻害する立体構造を持つと期待される候補化合物群を設計、化学合成する。心不全治療効果のマウスモデルによる検証と治療効果の高いPDK4阻害薬の選択を行う。さらに、心不全以外にも循環ショック、癌、腎臓の線維化、肺線維症などでPDK4の活性化が病態形成に関わるとされており、これらに対する治療効果についてもモデルマウスで検討する。また、。一連の研究から、我々は心不全の最終的なパスウェイであるATP産生の非効率化(解糖系の好気性代謝から嫌気性代謝への転換)に注目し、その鍵分子であるPDK4の阻害薬開発に焦点をあてている。マウス心不全モデルによるin vivoアッセイに加えて、細胞内シグナル、プロテオーム、メタボローム解析を行うことにより、それら阻害薬の作用点を明らかにする。本研究は、従来成功していないATP産生の高効率化のための薬剤を開発し、実用化することを目指している。蛋白-薬物複合体の立体構造解析、新規化合物の合成、心不全・癌等の病態解明という、従来は個別に展開されてきた研究手法を有機的に融合し、異なる分野の研究者が密接に連携して研究を進めている。今後のアカデミア創薬のあり方を変える可能性があり挑戦性を有する。我々は、新たにin silico 創薬されたKLF5阻害薬が、心不全のみならず癌に有効な薬物となるデータも得ている。また、新規PDK4阻害薬に想定していなかった抗がん作用が認められた。このように、本研究は心不全と癌の分子機構解明から創薬まで一貫した研究を展開しており、今後の発展が期待できる。
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次年度使用額が生じた理由 |
北里研究所で開発された新規PDK4阻害薬ライブラリを圧負荷心不全モデルマウスに投与し、in vivoにおける薬理作用を評価した。心不全への治療効果を認めた化合物について、心筋PDK4活性、解糖系代謝物の変化等を評価し、分子機序を明らかにした。その過程で、新規PDK4阻害薬に想定していなかった抗がん作用が認められた。これを明らかにするための追加実験の実施や論文投稿を行うため、今年度使用予定額の一部を次年度に繰り越す。
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