研究課題/領域番号 |
18K19553
|
研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
久保田 義顕 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 教授 (50348687)
|
研究分担者 |
馬場 理也 熊本大学, 国際先端医学研究機構, 准教授 (10347304)
|
研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2020-03-31
|
キーワード | リンパ管 / 血管 / Prox1 |
研究実績の概要 |
血管とリンパ管は、同じ脈管系の組織でありながら、最終的な合流地点(頸部の静脈角)を除き、一切接続することは無く、血流とリンパ流が交わることは無い。血管の機能としては、主に肺から取り入れた酸素を赤血球を担体として末梢組織に運搬し、毛細血管で組織に受け渡す。一方、リンパ管は毛細血管が回収しきれなかった組織液を取り込み、頸部の静脈角から血液へと環流する。しかしながら、血管とリンパ管の構造・組織学的特徴を比べると、ほぼ見分けがつかないほど酷似しており、両者がお互いをどのように見分け、独立性を担保するのかは未解明である。本研究は、腎がん抑制遺伝子として知られてきたX遺伝子に関し、血管内皮細胞特異的欠損マウスを作成したところ、ホモ欠損マウスが胎生後期(胎生15.5日目)に致死であること、また、出生後のタモキシフェン誘導性血管内皮特異的X遺伝子欠損マウスでも見られ、血管内皮とリンパ管内皮が完全に分化して管腔を形成し、それぞれのidentityを確立した後でも、特定の分子機構の破綻によって容易に異常吻合しうるという予備的知見をもとに展開されている。これまでの成果としては、遺伝子改変マウス(Prox1とのダブルノックアウトマウス)や培養細胞の解析において、Xがリンパ管発生のマスター転写因子であるProx1の発現量を何らかの形で負に制御しており、血管内皮細胞においてこの制御が破綻すると、血管がリンパ管を接続すべき同志であると認識してしまうことを見出してしている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は分子Xに関し、血管内皮細胞特異的欠損マウスを作成したところ、血管とリンパ管の異常吻合により致死となる、という表現型を足掛かりとして展開されている。まずXがProx1を制御する分子メカニズムに関して、細胞生物学的・生化学的な手技(Two-hybrid法、CHIP-seq、ルシフェラーゼアッセイなど)を駆使し、結合タンパク、プロモーター活性の観点から解き明かすべく遂行されている。そのなかで、分子XとProx1とを橋渡しする転写因子を同定するに至ったという成果は非常に大きい。その転写因子に関して、CHIP-seq法により、Prox1の新規制御領域への結合は確認できたが、ルシフェラーゼアッセイについては結果が安定せず、さらなる実験の積み重ねが必要である。一方、遺伝子改変マウスの交配によるレスキュー効果(Prox1遺伝子とのダブルノックアウト)では、ほぼ完全にX遺伝子欠失の表現型が打ち消されたことを確認できたのは、当初の想定通りといえる。また、研究協力者の佐谷秀行教授(慶應義塾大学)のサポートを得て、転移性がんモデルにおける血管特異的X欠損マウスの表現型、つまり腫瘍血管・リンパ管新生、および腫瘍遠隔転移におけるX欠損の影響を解析したところ、驚くべきことに、腫瘍血管・リンパ管においても異常な吻合がみられ、腫瘍移植早期から、腸間膜リンパ節へのリンパ行性転移がほぼ100%の確立でみられたという観察がえられている。
|
今後の研究の推進方策 |
血管とリンパ管は生命現象全体の観点から俯瞰した場合、全く別物の組織であるが、その解剖学的、組織学的特徴を比べると、かなり類似しており、特に毛細血管と毛細リンパ管、細静脈と集合リンパ管とはほぼ見分けがつかないほど酷似している。個体の発生過程において、脈管組織がネットワークを形成する過程では、頻繁に管腔どうしの吻合、切離を繰り返しつつ、各臓器にカスタマイズされた形で成熟したものとなっていく。従って、血管とリンパ管が各々独立してネットワークを形成するためには、血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞がお互いを別物として認識し、相互に排他的である必要がある。その一方、血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞が如何にしてお互いのidentityを感知し、別々に発生していくのか、そしてネットワーク確立後もどのようにして独立性を担保しているかは全く以て不明である。本研究は、従来のパラダイムにおける発想を転換し、放っておくと血管とリンパ管同志が吻合してしまう、つまりお互いかなりの可塑性を有するが、その行使を防ぐ分子基盤が存在するという観点に立ち、これまで得られた遺伝子Xの機能を軸とし、その全容を明らかにする。今後の研究計画としては、分子Xの下流で働くと目される転写因子が、本当に機能しているかどうか、ダブルノックアウトマウスを用いて検証する。さらには、昨年度得られたプレリミナリーな結果である、腫瘍リンパ節転移増加の表現型に関し、実験を重ね、その詳細を明らかにする。また、培養細胞を用いた生化学的な実験として、CHIP-seqの結果を補うべく、初代培養血管内皮細胞を用いたChIP解析を行うとともに、ルシフェラーゼアッセイにより、その制御を定量化する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2018年度において、分子XとProx1とを橋渡しする転写因子を同定するに至り、その転写因子に関して、CHIP-seq法により、Prox1の新規制御領域への結合は確認でき、遺伝子改変マウスの交配によるレスキュー効果(Prox1遺伝子とのダブルノックアウト)で、ほぼ完全にX遺伝子欠失の表現型が打ち消されたことを確認できた。これらの研究成果は予想以上に効率的に進められ、取得された一方、ルシフェラーゼアッセイ、ChIP解析などの培養系の実験ではDNAコンストラクト構築に予想外のトラブルが発生し、予定通りに進行しなかったため、次年度以降に多めに培養関連の物品を購入する必要が生じた。また、分子Xの下流で働くと目される転写因子が、本当に機能しているかどうか、ダブルノックアウトマウスを用いて検証するが、それ以外の分子経路の関与も検討する必要が生じ、マウス購入、飼育費用についても、2019年度に前年度より多めに計上する必要が生じた。
|