本研究は、iPS細胞の自己組織化を利用した歯胚のバイオエンジニアリングを目的とし、発生の過程で細胞が周囲環境として認識するであろう細胞シグナル因子や力学的特性がiPS細胞の歯原性細胞への分化に及ぼす影響を検討した。初めに、歯胚発生に関与するBMP4遺伝子の発現を制御可能なマウスiPS細胞株を用いて3次元培養を行った結果、細胞塊からoral ectodermマーカーを発現する嚢胞性の構造体が生じた。また、BMP4の転写活性に加え、TGF-β阻害剤、Wntシグナル活性因子およびFGF-8bを添加した結果、非神経外胚葉および歯原性マーカー遺伝子の発現上昇を認めた。ただし、細胞塊の分化は歯胚様の構造を示すには至らなかった。次に、マウスiPS細胞の歯原性上皮細胞への誘導を、小分子化合物および細胞シグナル因子を組み合わせた段階的分化誘導により試みた結果、エナメル芽細胞関連分子を高発現する上皮様細胞への分化誘導プロトコルが確立された。このプロトコルを用い、分化誘導過程でamelogeninの転写を活性化させ、網羅的遺伝子解析を行った結果、歯胚発生に重要な上皮間葉転換に関与する遺伝子群の発現に影響を認めた。また、マウスiPS細胞塊を硬さの異なるハイドロゲルに包み込むことで、iPS細胞塊周囲の硬さが自発的な組織・器官への分化に及ぼす影響を検討したが、歯胚発生に関わる非神経外胚葉分化への有意な差は認めなかった。一方、均一なiPS細胞塊をハンギングドロップ法で作製し、BMP4およびTGF-β阻害剤存在下で3次元培養すると、非神経外胚葉関連遺伝子群の発現が上昇したことから、この方法で得られるiPS細胞塊のサイズは歯胚分化誘導に適している可能性が示唆された。本研究成果は、iPS細胞から歯胚としての極性が引き出せる可能性を示す情報を提供しており、今後の歯胚自己組織化の実現に貢献することが期待される。
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