脳は、独立性の高い臓器であるが、一方で、末梢環境に少なからず影響を受け、また、末梢からの食シグナルを受容する。実際、疫学調査により糖尿病は認知症の危険因子であることが判明し、末梢環境が脳機能に影響を及ぼすことが明らかとなっている。また、高脂肪食摂取により糖尿病発症リスクが上昇することから、高脂肪食を与えたマウスの認知機能を検討したところ認知機能が低下することが判明した。加えて、認知症予防では、神経細胞死が誘発される前の対策が重要であり、予防効果を示す機能分子を安全性の高い安価な食品から日常的に摂取できれば理想的である。そこで、疫学調査から認知機能低下の有意な防御因子であることが判明している牛乳成分に着目したところ、認知機能の低下を抑制する新しい機能分子を見出した。さらに、作用機構を検討した。
認知機能は、新奇物体認識試験(Object recognition test)および位置認識試験(Location recognition test)で評価した。本試験は、短期記憶に重要な脳部位の海馬に依存する記憶の評価系として知られる。実験には成熟期マウスを使用した。まず、ラードを主成分とする高脂肪食を雄性マウスに1週間投与したところ、新規物体および新規位置へのアプローチ時間が低下し海馬依存的な認知機能低下が認められた。これらの認知機能低下は、牛乳ペプチドTyr-Leu-Gly (YLG)の経口投与により改善された。また、高脂肪食摂取により、海馬神経新生が低下するとともに、YLG投与により改善することが明らかとなった。海馬における神経栄養因子のmRNA発現の変動は、神経新生と一致する結果が得られた。以上、短期間の高脂肪食摂取により認知機能が低下する一方、牛乳ペプチドの経口投与により認知機能低下が改善することを見出した(Nagai et al. FASEB J 2019)。
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