骨格筋の未知なる働きを解明するためには培養細胞を用いた実験が必須であるが、世界中で使われている「筋管細胞」は、生体の「筋線維」に比べると極めて幼弱で骨格筋本来の性質を獲得しきれていない。そのため、筋管細胞を用いた実験には限界があり、それが骨格筋研究の発展を阻んでいる。そこで本研究は、筋管細胞の成熟度を促進させる方法を開発し、既存の筋管細胞よりも成熟した培養「筋線維」を創ることに挑戦する。 生体の筋線維は方向が統一されており、骨格筋の収縮装置(サルコメア)は規則的に整列しその構造も明確に観察される。しかし筋管細胞はランダムな方向に伸長するため、サルコメアの形成が不十分で構造も不明確である。そこで、細胞の配向性を統一して培養するために、サブフェムトインクジェット加工装置(SIJテクノロジ)によって細胞外マトリクス成分を線状に塗布し、そこに細胞を培養した。サテライト細胞は線状に分化(伸長)し、筋管細胞はサルコメア構造を獲得した。 一方で、マウス血液成分から筋幹細胞の分化を促進させる因子の発見に取り組んだ。マウス血清を採取し、それを異なる濃度で筋芽細胞に添加したところ、筋分化の促進によって筋細胞の面積が増加し、筋の成熟度が高まることが示唆された。分化促進のタンパク質を特定するために、分子量サイズによる分画と、筋合成シグナルの阻害実験を行い、その因子と経路が絞り込まれた。また、筋管細胞の成熟を促進させる因子を探索するために網羅的な遺伝子発現解析を行った。マウス骨格筋組織から筋線維(完全に成熟した骨格筋細胞)のみを単離し、RNAを抽出した。DNAマイクロアレイ解析によって発現している遺伝子を解析し、筋管細胞(培養骨格筋細胞)の発現遺伝子の結果と比較して、筋管細胞に足りない遺伝子群およびシグナル経路を明らかにした。筋分化を制御する候補遺伝子を初代細胞に遺伝子導入して、分化度の評価を行った。
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