骨格筋の収縮能力は、量的特性だけではなく、質的・生化学的特性によっても大きく影響される。体幹深部に位置する大腰筋に関して、その面積が大きい者ほど短距離走や自転車スプリントのパフォーマンスが高いことが報告されているが、測定方法論上の制限から、その質的特性は明らかにされていない。本研究では、新たなリン磁気共鳴分光法(31P MRS)システムを確立して、大腰筋のリン酸化合物の定量を可能にすることを目的としている。 平成30年度の研究では、大腰筋を対象とした31P MRS測定を可能にする検出コイルを開発し、令和元年度に当該コイルを用いて測定を行う場合に最適な測定条件の検討を行い、約13分の測定時間で一定精度の信号を得ることを可能にした。 令和2年度は、磁気共鳴画像法(MRI)および前年度までに確立させた31P MRSシステムを用いて、成人男性陸上競技短距離走者(12名)、長距離走者(15名)の右大腰筋を対象として測定を行った。右大腰筋横断面積は短距離走者の方が有意に高値を示した。31P MRS測定の結果、無機リン酸(Pi)/クレアチンリン酸(PCr)、Pi/アデノシン三リン酸(ATP)の値が長距離走者よりも短距離走者の方が有意に高値を示したが、PCr/ATPは差はみられなかった。さらに、基準溶液に対する相対値では、PiおよびPCrの相対値が長距離走者よりも短距離走者の方が有意に高値を示した。 以上のように、新しく開発した31P MRSシステムにより、大腰筋のリン酸化合物を検出可能とし、異なる筋線維組成とリン酸化合物濃度を有すると考えられる短距離走者と長距離走者の差異を検出できることが明らかとなった。しかしながら、基準溶液との比較による絶対量(濃度)測定の妥当性、精度を高めるために、測定感度のさらなる向上方策の検討、測定プログラムの改善が必要であることが提起された。
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