研究課題/領域番号 |
18K19827
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研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
杉原 厚吉 明治大学, 研究・知財戦略機構, 研究特別教授 (40144117)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2021-03-31
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キーワード | 不可能立体 / 立体錯視 / 錯視の安定性 / 変身立体 / 点対称性 / 錯覚誘因の視点依存性 / 動的立体錯視 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、視点を連続に動かしても錯視が起き続ける不可能立体の可能性を追求し、その例を作ると同時に、それを安全な道路構造を判断する一つの基準作りへ応用することである。この目的に向かって、本年度は、視点を動かしても錯視が起き続ける条件について、二つの例を比較する方法で検討した。 第1の例は、ありえない動きが見えてくる不可能モーション錯視について脳の振る舞いを観察する中で、立体の本当の形を示すために視点を移動するとき、立体が連続に変形するように知覚される現象である。その知覚は、脳は直角が大好きで、画像から立体を読み取るときできるだけ直角を多く含む立体を選ぶために起こると考えられる。ただし、この知覚は、片方の目だけで見ながら狭い移動範囲を動くときだけ生じ、両目で見ると消滅する。 第2の例は、鏡に映すと向きが変わる矢印などの変身立体群に対して、鏡を取り除いてそれを回転させた時、やはり立体が連続に変形するように見える錯覚が生じる現象である。この場合は、両目で見ても錯覚が消えないうえに、広い視点移動に対して生じる。この変身立体群は、空間曲線を垂直方向に平行移動したとき掃く曲面として作り、軸方向の長さがどこで測っても同じであるため、脳が軸に垂直な断面の平面曲線を見ていると誤認することを期待して創作しているが、その期待通りに錯覚が起きる場合が多い。 この二つの例を比べた時、前者では、錯覚を誘発する性質が、特別な視点から見た時だけ成り立つのに対して、後者では、錯覚を誘発する性質が視点に依存しない。このことから、「視点位置に依存しない錯覚誘因を立体に持たせることができれば、視点を動かしても錯覚が起き続ける不可能立体錯視を創作できる」という仮説が立てられる。この仮説を、様々な変身立体を創作して検証した結果、点対称性などの付加的性質があるとき、特に強くこの仮説が成立することを発見した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
視点を動かしても錯視が起き続ける条件のひとつが、錯視の原因となる性質が、視点に依存しない3次元的性質であることを明らかにでき、初年度の目標を達成できた。さらに、そのような性質として、柱体側面の長さ一様性、柱体端曲線の対称性などがあり、それらが重なって相乗効果をもたらすとき錯視が強くなることも見つけた。 また、本研究とは独立に行った研究の成果の一つに、2018年ベスト錯覚コンテストの優勝作品「3方向多義立体」があるが、この立体の設計原理を拡張することによって、多義性を、6方向、12方向などに増やすことができることも見つけた。そして、これの極限として、連続に視点を移動させた場合に錯視が起き続ける現象が位置づけられるという認識に至り、この方向からの本研究課題のアプローチがありうることも新しく発見できた。 知覚される図形が観測者にとってどれほど馴染み深いものであるかも錯視の強さに大きく影響するが、これと視点移動による知覚図形の変化の関係についても、新しい知見を得た。すなわち、なじみ深い図形であるほど、視点を移動してもその図形の印象が残るというヒステレシスがあり、さらに視点移動後の第2の知覚への切り替わりの速さも、第2図形の馴染み深さに依存することが分かった。 このように、視点を移動しても起き続ける立体錯視の要因につて、多くの知見が得られたが、これらの知見は、視点を連続に移動しても錯視が消えないで安定して起き続ける立体錯視の具体例を作るための指針となり、動的立体錯視の仕組みについて解明が進んだと同時に、錯視アートの創作に使える強力な手段を新しく追加することができた。
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今後の研究の推進方策 |
第1に、視点に依存しない錯視誘因性質として、柱体側面の長さ一様性、柱体端曲線の対称性を発見したが、さらに多様な錯視誘因性質を探索する。第2に、視点を動かしても錯視が継続して起きる変身立体の実現例を増やす。第3に、同じような性質を持つ不可能立体錯視を、変身立体以外の立体群についても探索する。特に、平面図形で起きる錯視と立体との相互作用によっておこる視覚効果、および立体の投影図を立体自体と混同するとき起こる視覚効果について、視点に依存しない錯視誘因を列挙し、その中に目的の性質が含まれないかを探索する。第4に、錯視の強さが、誤認した結果として知覚する図形がどれほど馴染み深いものかにも依存することが観測されるので、この効果を数量化したい。 また、これらの成果の基盤の上にたって、運転中のドライバーから見て道路の構造を誤認し続ける道路構造を特徴付ける。この場合は、道路という立体形状が、視点移動経路自身でもあるという視点制約が生まれるため、より強い錯視を捜索できる可能性がある。したがって、錯視要因として、単に視点に依存しない3次元的幾何性質のみに頼るのではなく、制約された視点移動に特有の錯視要因についても検討する。この場合は、道路形状という未知の形が、視覚効果を制約する視点位置でもあるという関係から、未知数に2重の意味を持たせる必要があるため、制約全体は非線形となり、その解放も自明ではない。したがって、方程式の構成法と、その解法の両方の観点を総合的に検討しながら、扱いやすい妥協点を見つけるという方針で数理モデルを立てる。 さらに、立体の形と、その表面のテキスチャの相互作用によって生じる錯視についても、視点移動による視覚効果を調べる。そのために、2018年度のベスト錯覚コンテストで優勝を獲得した本研究代表者の錯視作品「3方向多義立体」が、6方向、12方向などに拡張できることを利用する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額欄に記載された金額の大半は、2018年度から2019年度にまたがって執行したもので、研究の遂行は予定通りにできている。2018年度中に錯視立体の設計を修了し、その確認のための3Dプリント出力を発注した。出力結果の納品が2019年度の初めにずれたため、予算の執行が2019年度に入ってから行われたものである。
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