研究課題/領域番号 |
18K19827
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研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
杉原 厚吉 明治大学, 研究・知財戦略機構(中野), 研究推進員 (40144117)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2021-03-31
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キーワード | 不可能立体 / 立体錯視 / 錯視の安定性 / 道路カーブ / 曲率の誤認 / 変身タイリング / 物理的モーフィング |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、視点を連続に動かしても錯視が起き続ける不可能立体の可能性を追求し、その例を作ると同時に、それを安全な道路構造を判断する一つの基準作りへ応用することである。本年度は、道路のカーブの錯視を中心に研究を行った。 道路のカーブの実際の曲率と車の運転席からの見え方の関係を、投影の幾何学に基づいて定式化した。特に、道路の傾斜が変化するところに作られているカーブに対して、傾斜変化に気付かないドライバーがどれほど曲率を誤認するかを定量化した。乗用車の場合と大型車の場合の2種類のドライバーの視点の路面からの高さに対して、そのカーブの誤認の程度を、カーブの曲率、道路傾斜の変化率、ドライバーが注視する前方までの距離の関数として定式化した。その結果、下りが緩くなる(あるいは上りが険しくなる)途中に作られたカーブは、実際より緩く認識されることを定量的に明らかにできた。そして、事故が多発する実際の道路に対してこの結果を当てはめ、誤認の程度を定量的に検証した。 カーブでの事故の原因の多くはドライバーがスピードの出過ぎに気付かなかったためとされるが、実はスピードは正しく知覚できていたのに、カーブの曲率を誤認したためにこのスピードで大丈夫と判断した可能性もあることを新たに指摘することができた。これは、カーブでの注意標識に改善の余地があることを示唆するものである。 不可能立体の基礎研究では、鏡に映すと姿が変わる変身立体を作るための図形対の条件と、その図形を重なりも隙間もなく平面に敷き詰めることができる条件の両方を同時に見満たすものを見つける方法を構築し、変身するタイリングアートを創作した。この立体も、視点を動かすと滑らかに変形するように見えるという錯視を生じるため、今までCGの分野で計算で実現されていた図形の間のモーフィングを、物理的に実現する方法を新たに提供することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画通り、道路カーブの錯視の仕組みを数理モデルで表現し、シミュレーションで解析を行うことができた。その結果、ドライバーが前方のカーブの強さを誤認する一つの要因として、道路の傾斜がカーブの途中で変化しているのに、それに気付かないドライバーが、道路の傾斜は一定だとの暗黙の仮定でカーブ曲率を推定している可能性を指摘できた。従来から、カーブでの事故の原因はドライバーのスピードの出し過ぎであり、こんなにスピードが出ていたとは思わなかったという感想から、スピードが出ていることにドライバーが気付かなかったからであると思われていた。これに対して、本研究の結果は、ドライバーはスピードを正しく知覚していたけれど、前方のカーブの強さを間違えて知覚していた可能性があることを示唆している。これは、カーブの注意喚起の標識で、見かけよりカーブが強いなど、今までとは別のメッセージを伝える必要があることを示している。 このように、数理モデルによるカーブの知覚を定量化できただけではなく、事故の原因に対する新しい可能性を明らかにでき、標識改善のための示唆を与えることができたという意味で、応用上の意義も持つ結果が得られた。 また、以前から共同研究を行っていた分子の3次元立体構造のパターン認識のための数理的モデルとしての球ボロノイ図の構成アルゴリズムについても、論文の形にまとめることができた。
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今後の研究の推進方策 |
道路のカーブの知覚には、いくつかの要因があるが、それらをさらに広く収集して総合的に解析する。本研究の中で見つけた新しい可能性の一つは、トランスキー錯視によるカーブの誤認である。トランスキー錯視とは、円弧の一部だけを見た時、実際より曲率を小さく知覚する視覚現象である。高速道路の防音壁などは、カーブの一部を視界から隠す原因となり、そこにトランスキー錯視が働く可能性が大きい。これについても、傾斜変化に気付かないという要因に加えて定量的解析を進める。 視点を動かしても不可能立体錯視が起き続ける条件として、錯視の誘発要因が2次元網膜像の性質ではなくて、元の3次元立体の性質であることだという知見を今まで明らかにしてきたが、そのような3次元的性質の具体例をさらに収集することにも力を注ぐ。特に、鏡に映すと繋がり方が変って見えるトポロジー攪乱立体の中には、視点位置の変化に対して安定に錯視が起き続けるものがあることを見つけたが、それがどのような三次元的性質から来るのかを明らかにしたい。 これらの方向の解析と、今までの成果とを総合し、視点を連続に移動しても錯視が起き続ける不可能立体の要因をまとめて体系化する。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの感染拡大により、3月に予定していた錯覚ワークショップを中止せざるを得なかった。このための旅費、講演者金を繰り越し、2020年度にこのワークショップを開催することにした。
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