研究課題
大気中の微小粒子状物質PM2.5は人体に悪影響を及ぼため規制が進んでいるが、現状ではその全てが質量基準の濃度で規定されている。しかし質量基準のみのアプローチでは、化学成分や質量が同一でも、その表面積が異なると生体影響が異なるという事実を考慮していないため、PM2.5の有害性を科学的に解明する際に不十分である。そこで本研究では、実環境大気中PM2.5の粒子表面積濃度の挙動を支配する要因を多角的に解析し、表面積濃度が質量濃度を代替もしくは補完する有用な新規指標となり得るか否かについて判断を行うために必要となる信頼性の高い基礎的知見を得ることを目的とする。これまでの当研究グループによる研究結果より、環境大気中PM2.5の表面積濃度はブラックカーボン(BC)濃度との相関が高いことが明らかとなってきた。発生直後のBC粒子は鎖状のフラクタル構造を有するが、長距離輸送される間に、無機・有機物質の凝縮を受けて粒径が増大し、その形状は球形に近づくため、BC粒子の比表面積は減少すると予想される。そこでこの過程を実験的に検証するため、平成30年度は、BC粒子に有機物を被覆させたときの表面積の変化を調べた。人為的に発生させたすす粒子にシュウ酸をコーティングさせたときの粒径変化を、走査型移動度粒径測定器を用いて測定した。コーティング前のすす粒子の幾何平均径は54.8 nmであった。その後、40~45℃でコーティングすると幾何平均径は一度減少し、さらに55℃以上でコーティングするとコーティング前の幾何平均径より増加した。透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、コーティングにより炭素粒子の鎖状構造が崩壊して内側に凝集している様子が観察できた。これと並行して野外観測の準備を進め、平成30年度中に「能登大気観測スーパーサイト」(石川県珠洲市)への表面積計の設置を完了し、データの取得を開始した。
2: おおむね順調に進展している
上記の通り、室内実験によって、BC粒子のコーティングによりフラクタル構造が崩壊して球形に近づくことを確認し、実環境中で起こっているであろう現象を再現することができた。また、当初の計画通り、石川県珠洲市の「能登大気観測スーパーサイト」への表面積計の設置を完了し、既に数ヶ月分のデータを取得しており、平成31年度にはすぐに解析に取りかかることができる。さらに、福岡県福岡市の福岡大学内「福岡から診る大気環境研究所」への表面積計の設置も手配済みであり、平成31年度になり次第すぐに設置を行える状況となっている。従って、現在までの到達度を、概ね順調に進展している、と判断した。
粒子の有害性を評価する上で、従来の質量基準の議論のみでは不十分であることは明白であり、実環境大気粒子の複雑な生成・輸送・沈着機構に対応した表面積挙動の解明が必要不可欠である。本研究では、前年度に引き続き、既存の野外観測プラットフォームを活用して、国内の複数地点におけるPM2.5表面積とその他項目の連続観測を進める。平成31年度前半までには、石川県珠洲市、福岡県福岡市、および神奈川県横浜市の3地点における観測態勢が整う予定となっている。これら3地点には、石川:清浄地域+時折越境汚染あり、福岡:都市域+ほぼ常時越境汚染あり、神奈川:都市域+ローカル発生源の寄与大、といったそれぞれの特徴があり、都市域と清浄地域での粒子発生源の違いや、粒子の二次生成機構の違い等による表面積への影響などに関する新たな知見が得られることが期待される。また、本研究では複数地点において複数台の表面積計を用いるため、データの相互比較を行うためには、各装置の測定値の相互比較を行う必要がある。同一空気塊中の粒子群の複数機器による測定値の相互比較を実施する他、粒径既知のポリスチレンラテックス球 (PSL)を用いた球形近似による表面積と、表面積計による実測値との比較を行い、測定結果から補正係数の算出を行う。また、装置に搭載されているトラップ電圧はユーザー可変のため、この設定を変化させた時の装置挙動につき、詳細な解析を行う。成果発表については、国内発表1件、国際学会1件、英文学術誌1件を目標とする。
すべて 2018
すべて 学会発表 (3件) (うち国際学会 2件)