研究課題/領域番号 |
18KK0116
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
浅枝 隆 埼玉大学, 理工学研究科, 教授 (40134332)
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研究分担者 |
金子 康子 埼玉大学, 教育学部, 教授 (30194921)
セナヴィラタナ ジャヤサンカ 埼玉大学, 理工学研究科, 助教 (70812791)
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研究期間 (年度) |
2018-10-09 – 2022-03-31
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キーワード | マングローブ植林 / バイオシールド / 津波 / 高潮災害 / 環境ストレス評価 / 活性酸素 / 過酸化水素 / 生長阻害 |
研究実績の概要 |
本研究では、津波、高潮災害の軽減を目的として、マングローブ植林を効率的に行うシステムの開発を目的としている。そのために、最も大きな障害である、植林後のマングローブ苗木の生存率を上げるための方策を考える。マングローブの生存率を上げるためには、まず、マングローブの生育にとって好ましい環境を求めることが重要である。そのために、これまで、植林後、生存率のモニタリングを行って、そうした環境を把握することを行ってきた。ところが、マングローブの生長は極めて遅く、それには数年-数十年の期間を要し、非常に非効率なものとなってきた。そうした背景の下、本研究では、ストレス環境下でストレスの強度に応じて細胞内に生成される活性酸素の一つ、過酸化水素濃度を測定することで、マングローブに負荷される環境ストレス強度を評価することで、短期間に効率的に生育に好ましい環境を把握することを考えている。 2018年度は、10月に採択の通知を受けた後、現地観測に向けての準備を行った。時期が限られていることから、研究実施計画に従って、現地で採取していたサンプルを用いて、温室内で予備的に特性を調べる実験を行った。 土壌を敷いたタンク中にRhaizophora stylosaの苗木を植え、数カ月間、一定の塩分濃度及び湛水深、湛水期間で生長実験を行った。それにより、以下のような結果を得た。 過酸化水素濃度が高いと生長が抑制されており、過酸化水素濃度は適切な指標になる。過酸化水素濃度の上昇と共に、ある程度の範囲では抗酸化酵素活性が活発化、過酸化水素を分解するものの、過酸化水素濃度が高くなりすぎると、抗酸化酵素の活性は低下、枯死に至る。環境に対しては、樹木全体が冠水する状態では、ストレスが高くなり、枯死に至る。他方、湛水がない場所でもストレスの上昇がみられ、全体が没しない範囲で適宜冠水する環境が望ましいことが得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2018年度の研究内容においては、採択の是非の連絡が年度後半になることから、当初より2018年度は、現地調査・実験に備えた温室を用いた予備的実験を計画していた。温室を用いた実験においても、条件を変えた実験を行うことで、現地で研究を進める上で全く問題がないという結果が得られ、さらに新しい知見も同時に得られたことから、十分な成果が得られたといえる。 国内における温室実験と同時に、相手国のフィリピンに赴き、現地踏査を行うとともに、研究拠点を設立することをめざしたフィリピン大学及びカネパッケージのマングローブ研究所を訪問した。マングローブに関する研究は、これまで生態に関する現地調査のみが行われ、樹木の形態の測定や、個体数のカウントが行われてきた。そのため、本研究で目的としている生理学的な手法は全く用いられてきていない。そうした背景から、相手国研究機関においては化学分析装置が全く備わっていないことが判明した。そのため、今回対象とする過酸化水素等の分析が可能なようなポータブル型の分光光度計を取得し、現地観測に対応することにした。カネパッケージマングローブ研究所のDr.Barnuevoは今回の方法に熟知していることから、装置の問題を解決することで、今後の研究に対する問題は一応は解決される。 より詳細に進めるために他の物質の分析を行うためには、相手側機関においての化学分析が必要になる。本研究目的により適した形で進めるために、カネパッケージマングローブ研究所でそうした分析を行えるよう進めていくことにした。それを受けて、現在、フィリピン政府に対して許可の申請を行っている段階である。許可が下り次第、他の物質の分析を行うこと可能になる。これまで生態学的な研究しか行われてこなかったマングローブに関する研究の中に、生理学的視点を取り込むことが可能になり、世界的にも特異な研究になると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度は、現地における観測を開始する。2018年度に踏査を行ったオランゴ島では、様々な環境が存在しており、そうした場所に生えるマングローブの葉を採取、過酸化水素濃度を測定することで、その樹木が、その環境より受けているストレスの強度が評価できる。2019年度には、様々な環境条件に生えているマングローブを採取、分析し、それらを比較検討することで、以下のことを明らかにしたい。1)潮の潮位と、生えている場所の高度別のサンプルの結果を比較することで、冠水頻度に対する過酸化水素濃度の関係を求める。さらに、同時に土壌水分量を測定しておき、冠水頻度を土壌水分との関係に表す。2)日射量の測定と共に、枝の一部をある時間日射を遮っておき採取したものと常時日射に露出したサンプルの過酸化水素濃度を比較することで、日射強度のストレスに対する影響を評価する。3)1および2によって上昇する過酸化水素濃度を、それぞれの単一のストレス強度に対する過酸化水素濃度の定量的な関係として表しておき、これらのストレスが複合的に作用したときの全体の過酸化水素濃度を求める。これにより、過酸化水素濃度の環境ストレス指標としての有効性を判断する。 以上の他に、現地の樹木分布より以下の点について明らかにする。1)過去に植林された個体の葉内の過酸化水素濃度と植林時期と生長の度合いから、生長量と過酸化水素濃度との関係を把握する。 2)樹木が枯死している場所において、まだ生存している個体の葉の過酸化水素濃度を測定することで、枯死に至る過酸化水素濃度を求める。 オランゴ島における優占種は、Rhizophora stylosa、Avicennia marina、及びSonneratia albaである。これまで植林された種はRhizophora stylosaのみであるが、可能な限り多くの種に対して行うことを考える。以上の結果を整理し、それぞれの種における適切な生育条件に付いて明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本課題ではマングローブの化学分析が必要である。本年度の採択、非採択の決定が年度後半になることから、本年度は主に国内で作業を中心にし、相手国側では、相手国機関の設備の保有状況の確認の他はフィールドでの生態学的調査を行う予定でいた。ところが、相手国側研究機関を訪問、設備の保有状況を確認したところ、本課題を行うための化学分析を行うためにはフィリピン政府の許可が必要なことがわかり、それには多少時間が必要なことが判明した。他方、本年度は生態学的調査を密に行うことを予定していた。ところが、こうした理由から、本年度内に早急に行う必要がなくなったために、生態学的調査は次年度に繰り越して余裕をもって行うこととした。 こうしたことから、次年度には、本年度予定していた生態学的調査も同時に行うことになる。これには旅費や野外調査で必要な機材の購入、運搬費用が必要となる。また、化学分析については、分析のコストは多少割高にはなるものの、研究室内の実験に頼らないポータブル型の装置での分析法を用いることにした。そのために、新しい分析法の信頼性を高めるための実験のための費用、大量のサンプルの分析のための消耗品費等が必要になる。本年度繰り越した費用は、これら密に行う生態学的調査及びポータブル型装置での分析に充てる予定でいる。
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