研究課題/領域番号 |
18KK0194
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
尾瀬 農之 北海道大学, 先端生命科学研究院, 教授 (80380525)
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研究分担者 |
齋藤 徹 広島市立大学, 情報科学研究科, 講師 (80747494)
塚本 卓 北海道大学, 先端生命科学研究院, 助教 (30744271)
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研究期間 (年度) |
2019-02-07 – 2023-03-31
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キーワード | 中性子 |
研究実績の概要 |
これまで中性子線結晶解析は以下の問題点のため,広汎に使用される技術では無い。すなわち,必要な結晶サイズがX線に比べて桁違いに大きく(1mm^3程度),容易に得られない。ここでは,生体内におけるアミン/イミン水素と水素原子間の結合をプローブとして蛋白質内における反応を解析することを目標とした。アミドトランスフェラーゼに関しては,再現的に基質存在下においてキャピラリー内で長辺1.8 mm以上の結晶成長が可能となっている。脱アミノ化酵素はシッティングドロップ中において,基質有無の2種の結晶が,長辺1.1 mm以上に成長した。 イオンを輸送する膜輸送タンパク質について,活性部位イミンおよび周辺のアミノ酸のプロトン化状態およびプロトンの挙動を明らかにすることを目的とし,中性子線・X線解析のための結晶調製,および分光学・電気化学に基づく測定・解析を行った。活性部位イミン,およびイオン輸送経路を構成するアミノ酸において,プロトン化状態が著しく変化することを実験的に明らかにし,長らく不明だったイオン通過ゲートの開閉の仕組みの一端を明らかにした。さらには,イオン輸送方向が逆転する変異体についても,その仕組みを明らかにした。 有機窒素化合物グアニンの酸化反応に関してニューヨーク市立大学のLiuグループと実験と理論による国際共同研究を実施した。研究成果は学術論文誌Journal of Physical Chemistry A誌に掲載された。また,金属酵素ウレアーゼによる窒素化合物尿素の加水分解反応に着目し,量子力学/古典力学混合分子動力学(QM/MM MD)シミュレーションから得られた自由エネルギー曲面をもとに反応機構を解明した。研究成果は学術論文誌Journal of Physical Chemistry B誌に掲載され,Supplementary Coverに選出された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
コロナ禍および,2019年度のドイツ国内での燃料輸送の問題から,ミュンヘン工科大学原子炉FRM2が稼働できない状態と重なり,アミド基転移酵素における低分解能(3.0 オングストローム)での中性子線結晶構造解析以後のデータ測定ができなかった。脱アミノ化酵素はシッティングドロップ法を用いることで,基質有無の2種の結晶が,長辺1.1 mm以上に成長した。また,プロテアーゼにおいても同様の方法によって,長辺1.0 mm以上に成長させることができた。脱アミノ化酵素やプロテアーゼは,大強度陽子加速器施設J-PARCにおいて中性子線回折測定をおこなった。それぞれ分解能4.2オングストローム,4.6オングストロームにおける回折点が観測できた。 バクテリオロドプシンに関し,中性子線・X線解析のための結晶調製,および分光学的な測定・解析を行った。結晶調製については,開発中の結晶成長方法が膜タンパク質に対して適用可能かどうかを検証してきた。並行して,分光学的な測定・解析から,活性部位イミンおよび周辺のアミノ酸におけるプロトンの挙動を明らかにした。これはイオン輸送機能に直結しており,長らく不明だったイオン通過ゲートの開閉の仕組み,さらには,変異体におけるイオン輸送方向の逆転の仕組みを明らかにした。 昨年度発表した一重項酸素によるグアニンの酸化反応に関する論文発表が契機となり,ニューヨーク市立大学のLiuグループとの国際共同研究を実施した。具体的には,ラジカルカチオン種8BrG.+と一重項酸素との反応を,実験と高精度量子化学計算を用いて解明した。また,これまでに構築したQM/MM MDシミュレーションの基盤技術を金属酵素ウレアーゼによる加水分解反応に適用した。求核攻撃やプロトン移動を伴う酵素反応をコンピュータ上で定量的に予測・解析することで,阻害剤設計の指針を提示することができた。
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今後の研究の推進方策 |
近年,量子力学を用いることではじめて解釈可能となるような生命現象の存在が多数挙げられている。量子現象はいくつかの特殊な系でのみ注目されているが,より汎用的な“水素の量子性”に着目し研究を展開するため,生体分子中で水素可視化をおこなえる方法論開発を続け,温度応答性ポリマーとキャピラリー内成長を組み合わせた方法を完成させた。ミュンヘン工科大学原子炉FRM2が稼働できない期間がかさなったため,アミド基転移酵素における高分解能中性子線結晶データ測定ができなかった。2023年にユーザーへの中性子が提供されるEuropean Spallation Sourceでは利用できる強度が飛躍的に上昇する。そのため,本研究により完成した結晶成長法により,今後,難易度の高い対象に対して,量子観点から結晶解析がおこなえる。
バクテリオロドプシンに関し,膜タンパク質の中性子回折実験は前例がないが,本研究により完成させた結晶成長方法を適用する。分光学・電気化学に基づく解析で得られた結果と併せて,中性子回折実験によってプロトンが躍動する現場を捉えることにより,タンパク質機能を成立させている本質的な仕組みの理解に貢献できる。 量子を取り入れた計算化学に関し,コロナ禍が終了してデュイスブルク-エッセン大学への長期滞在が可能となれば,開発手法を先方のプログラムに組み込み,スーパーコンピューターによる長時間のQM/MM MDシミュレーションを実施可能とする。また,アミド基転移酵素,脱アミノ化酵素について,本研究参加者と連携しながら機構解明に着手する。具体的には,実験的手法から得られた知見に基づいて計算モデルの絞り込みを行い,高精度QM/MM MDシミュレーションによる反応機構の解明を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍のため,ドイツ・ミュンヘン工科大学,ドイツ・エッセン大学,韓国浦項工科大学との人的相互交流を進められなかった。また,ドイツ・ミュンヘン工科大学実験用原子炉で予定していた中性子結晶回折実験はおこなかったため,結晶サンプルの持ち越しにより次年度に測定をおこなう。そのため,結晶作製用の試薬や,海外測定に伴う経費として使用する予定である。
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