バッキーボウルは、単なるフラーレンのモデル分子としての興味だけでなく、溶液状態でボウル反転を引き起こす動的挙動や固体状態でカラム状積層構造を形成するなど、ボウル構造に立脚した独特の特性を有している。またボウル自体にキラリティを有する化合物も考えられ、これらはキラル型カーボンナノチューブのキャップ構造のモデルや出発物質として期待される。しかしながら現段階では、バッキーボウルを自在に設計通りに合成できる一般的な経路が確立されていないため、極めて限定的にしか研究が行われていないのが実情である。本課題では、申請者がこれまで提唱してきたバッキーボウル合成戦略を、さらに一般的なより汎用的な手法にすることを最終目標にした研究を展開した。 昨年度に開発した、パラジウムナノクラスターを触媒とするハロアルケンの環化三量化反応を用い、今年度はキラルバッキーボウルの不斉合成の検討を行った。その結果、世界に先駆けてホモキラルなバッキーボウルの合成に成功することができた。最も単純な構造を有するキラルバッキーボウルであるトリメチルスマネンを標的分子として選び、三置換オレフィンのタンデムメタセシス反応、低温での高速酸化反応などを開発し、光学純度90%以上で最終生成物を得ることに成功した。また、トリメチルスマネンは、ボウル反転によりラセミ化するが、このラセミ化過程をCDスペクトルで追跡することにより、結果としてボウル反転エネルギーを測定することができた。さらに原料合成の改良上不可欠であった新たなメタセシス触媒の開発を繰越期間に行うことができた。
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