多核遷移金属錯体は金属-金属間の相互作用による多様な電子状態を持ち、金属-金属間結合を介した分子内電子移動も可能なため、単核金属錯体とは異なる特異な反応性の発現が期待できる。申請者らのグループは「カルコゲン(硫黄、セレン、テルル)架橋二核ルテニウム錯体を用いた時にのみ特異的に進行する新規分子変換反応」をすでに見出しており、これらの触媒反応は、これまでほとんど用いられてこなかったアレニリデン錯体を鍵中間体として経由する錯体化学的にも興味深い新規反応である。さらに理論的検討もふまえた上で、二つの金属間の電子授受がこれらの触媒反応進行の鍵であることを提唱している。申請者らが達成してきた研究成果を踏まえ、現象の一般化を含めて、新しい骨格を有するヘテロ原子架橋複核錯体の合成及び新規な触媒的分子変換反応の開発を目標に研究を推進した。今年度は、種々のリン架橋二核ルテニウム錯体を合成し、一部の錯体に関してはX線結晶構造解析によりその詳細な構造を明らかにすることに成功した。その結果、前述した硫黄架橋二核ルテニウム錯体とは異なる構造および電子状態を持つことが明らかとなった。合成したリン架橋錯体を用いた触媒反応を検討したところ、硫黄架橋二核ルテニウム錯体とは異なる触媒活性を示すことが明らかとなった。具体的にはプロパルギルアルコールと芳香族化合物の反応において、硫黄架橋二核ルテニウム錯体を用いた場合には芳香族プロパルギル化生成物が得られるのに対し、リン架橋錯体を用いた場合β・アリールケトンが得られた。これらの結果は架橋配位子が二つのルテニウム原子の電子状態を制御し異なる反応性を与えた事を示している。
|