本研究では、分子と凝縮相の懸け橋となる巨大サイズの分子クラスターを生成する方法論を確立させ、芳香族有機分子ナノ集合体の電子物性と構造ダイナミクスを、負イオン光電子分光法ならびにポンプープローブ実験から解明した。気相中におけるクラスターは、試料蒸気と不活性ガス(HeやArガス)の混合ガスを直径0mm程度のノズルから、真空中に断熱膨張することによって生成した。高温・高圧・超短パルスバルブ(Even-Lavieバルブ)を巨大クラスター生成のために導入し、負イオン化は、電子銃による電子衝撃イオン化法により生成した低速な2次電子付着によって行った。ナフタレン、アントラセン、テトラセンの3種のオリゴアセン分子に対してクラスター負イオンを生成し、飛行時間型質量分析部において質量分析を行った。テトラセン融点が357℃という高温である芳香族分子に対しても100量体を超える非常に大きなサイズのクラスターを生成することに成功した。 単量体から30量体まで徐々に高エネルギー側にシフトしていたバンドに加えて、40量体付近以上では、0.5eV程度低エネルギー側に新たなバンドが観測された。このバンドの強度はサイズと共に増大し、50量体以降ではスペクトルの強度比が逆転した。これらの新たなバンドが構造異性体由来であるかを検証するため、アントラセンクラスター負イオンに対して、ホールバーニング光電子分光によるポンプープローブ実験を行った。ホール光を照射することによって、新たに出現した低エネルギー側のバンドは消失し、オリゴアセンクラスター負イオンには構造異性体が共存していることが明らかとなった。また、40量体以降で新たに現れる異性体は、生成サイズが異なるものの、(1)サイズが増大してもスペクトルがほとんどシフトしない、(2)スペクトル幅が比較的シャープ、という特徴を示し、これらは巨大オリゴアセンクラスターに共通した特徴であることがわかった。
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