高分子電解質であるDNAは、多価カチオンの添加によりコンフォメーションを膨潤状態から単分子凝縮状態へ変化させる。従来、光散乱実験ではこの転移に伴う連続的な散乱曲線が得られていたが、蛍光顕微鏡下の転移挙動解析より、この転移は分子鎖全域に渡り不連続に生じる場合と、分子内相分離状態を経て転移が生じる場合の2種類に分類できることが判明した。しかし、転移領域でのコンフォメーション変化と荷電状態変化の相関は未解明であり、適切な実験方法も提案されていない状況にあったため、本研究では蛍光顕微鏡下でDNAの自由溶液電気泳動を行い、コンフォメーションと荷電状態を同時解析し、転移領域での両者の相関を解明することを計画した。 これまでに倒立型蛍光顕微鏡のステージに固定可能な電気泳動チャンバーを作製し、DNAの自由溶液電気泳動に必要な仕様が備わっていることを確認した。この電気泳動チャンバーを用いてDNAの膨潤鎖と凝縮鎖が共存する転移領域にて蛍光顕微鏡観察を行った結果、膨潤鎖では一様な泳動が観察され、凝縮鎖ではブラウン運動が観察された。単一DNA凝縮体の粒径は透過電顕観察や動的光散乱実験から100-200nmであると報告されているが、蛍光顕微鏡下では単一DNA分子の凝縮鎖は輝点として観察される。そこで凝縮鎖に対応する輝点のブラウン運動について軌跡のビデオ画像解析を行い、DNA凝縮体の流体力学的半径を導出した。ブラウン運動を示す粒子の平均二乗変位は時間に比例し、その傾きよりブラウン粒子の拡散係数が得られ、Stokes-Einsteinの式より流体力学的半径が得られる。解析の結果、DNA凝縮体の流体力学的半径は50-110nmであった。この解析が可能であることは凝縮鎖についてはほぼ完全な電荷中和が達成されているからであり、DNA凝縮ではコンフォメーションのみならず、荷電状態も大きく異なることを示唆する。
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