高分子などの非晶性の物質が示すガラス状態は非平衡状態である.このガラス状態では興味深い非平衡緩和現象が観測される.そのメカニズムを明らかにする目的で本年度は以下の研究を行った. 1)2層膜内の色素でラベルしたポリスチレン薄膜層からの誘電緩和シグナルを選択的に取り出すことにより、表面でのガラス転移温度が低下していることを電気容量の温度依存性の測定により明らかにした。複素誘電率を測定から、表面のPS-DR1薄膜層からの寄与のみを評価し、膜厚15nmと360nmのPS-DR1単層の結果と比較することにより、α過程に起因した誘電損失のピーク温度は単層のPS-DR1超薄膜では十分に低下しているが、表面のPS-DR1での値はバルクなPS-DR1の値と一致しているのがわかった。一方、表面のPS-DR1薄膜層のガラス転移温度はバルクと比較して低下していることが確認された。 2)ポリメタクリル酸メチル(PMMA)のエイジング過程における緩和ダイナミクスを誘電率測定により調べた。ガラス状態の等温度過程では誘電率がエイジング時間とともに減衰することが観測される。等温エイジングの途中で一定時間だけ、別の温度で保持を行う温度サイクル過程で観測すると、誘電率の時間発展に関して、メモリー効果と若返り効果が観測される。本研究ではこの物理的な起源を探るために、ツイン温度シフト過程での複素誘電率のエイジング時間依存性を調べた。この測定結果から、誘電率の緩和ダイナミクスが、non-cumulative(非積算的)であることがわかった。しかし、温度差の増加とともに、cumulativeからnon-cumulativeなエイジングへのクロスオーバーが起こり、non-cumulativeな極限では、高温でのエイジングが低温でのエイジングに対して全く寄与しない状況が実現していることが明らかとなった。このことはスピングラスで提唱されている温度カオス効果が高分子ガラスでも存在する可能性を示唆する。
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