研究概要 |
イノシトールリン脂質を介する細胞内情報伝達系に関与する膜表在性蛋白質、ホスホリパーゼC-δ1(PLC-δ1)を対象とし,固体NMR分光法を適用することにより,動的な両親媒性界面である脂質膜表面との相互作用から生じる脂質膜結合構造の性質を解析した。PLC-δ1の脂質膜結合ドメインであるPHドメインは,脂質膜への結合により,水溶液中と異なる立体構造をとることが見いだされている。脂質二重膜は巨大な分子複合体であり,その性質は膜の化学組成とともに,その幾何学的な構造に依存して変化する。平面膜に近い表面曲率を持つ多重膜ベシクル(MLV:直径0.1-10 μm)、脂質膜ベシクルとして最も高い曲率を持つスモールユニラメラベシクル(SUV:直径30 nm),界面活性剤ミセル(直径30-40Å)等に含まれる結合基質PIP2に結合した際のPLC-δ1PHドメインの構造に注目し,固体NMR分光法を用い,^13C標識Ala残基を観測することで膜曲率に依存する動的構造変化を解析した。膜の親水-疎水界面と相互作用し,立体構造変化を誘起する両親媒性のa2-ヘリックスは,MLV,SUV表面で脂質膜との相互作用による構造変化を示したが,ミセル表面では水溶液中と同様の構造をとり,脂質膜上における構造変化には,ミセルよりも曲率の低い脂質二重膜構造が必要であることが見いだされた。また,a2-ヘリックスを含むループ部位は膜およびミセル表面の曲率に依存して構造変化を示し,膜上におけるPLC-δ1PHドメインの構造が脂質膜の構造を敏感に反映し,曲率に応じて連続的に変化しうることを示した。これらの知見は,生理的条件下における生体膜の構造変化が膜表面における情報伝達系蛋白質の構造と機能に影響与えることを示すとともに,固体NμR分法による解析が脂質膜構造-蛋白質構造間の相関の解析に有用であることを示している。
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