ヒトを含めたほとんどの動物では、生殖腺から分泌される性ホルモンの働きにより脳の雌雄型が決まる、というのがこれまでの性分化に関する考え方である。これに反してわれわれの研究は、脳の細胞自体の雌雄によってきまる性分化について明らかにすることを目的とした。そのために、これまでとは全く異なる実験方法を用いたアプローチを行った。トリ胚を用いると、生殖腺の分化以前に雌雄間で脳を入れ替えることができる。これにより、脳と体の性が異なるニワトリ個体を作出し、行動や生殖機能が雄型・雌型のどちらになるかを検討した。体と脳の性が一致するキメラ個体では、正常個体との差異はなく、移植手術による影響はないことが確認できた。雌の脳を持つ雄のキメラでは、性成熟に伴って移植組織に対する拒絶反応がおきたが、免疫抑制剤の投与により拒絶反応を抑制できた。オープンフィールドにおける行動や雌に対する性行動は、どちらも雄型を示した。精液中の精子密度、運動性も正常であり、雌と交尾し受精卵がえられた。血中のテストステロンとエストロジェン量も正常雄と同等であった。一方、雄の脳を持つ雌のキメラでは、行動は正常雌との違いは見られず、雄と交尾し受精卵もえられたが、産卵開始の遅延と産卵数の顕著な減少が見られた。血中性ホルモンの量は正常雌と同様であった。性成熟や、性周期の発現に重要であるLH(黄体形成ホルモン)の血中濃度変化を調べたところ、雌の脳をもつ雄では正常雄と同様に短い周期での大きな変動がみられたのに対し、雄の脳をもつ雌では正常雌のように低い濃度での推移が見られた。脳における雌雄の形態的な差(性的二型核)を観察すると、雌に移植した雄の脳では、核の場所によって雄型、雌型の両方が確認された。以上より、雄脳は雌における正常な性成熟の発現と性周期の維持はできないことが明らかになった。細胞・分子レベルでのメカニズムの解析が今後の課題である。
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