ブルセラ属菌は人獣共通感染症の一つであるブルセラ症の原因菌であり、妊娠動物に感染した場合、不妊あるいは流死産といった繁殖障害を引き起こす。細胞内寄生菌であり、妊娠動物において、胎盤の栄養膜巨細胞(trophoblast giant cell: TGC)に特異的に侵入し増殖することが報告されている。このことが流産の引き金になっていると考えられるが、詳細なメカニズムについては不明な点が多い。そこで本研究では、ブルセラ属菌の細胞侵入に関わるTGC側分子を同定し、その分子を介した菌の細胞侵入について検討を行った。ラットにTGCを免疫し、TGCに対するモノクローナル抗体を約3000個作製した。この中から、Brucella abortusのTGCへの侵入を有意に阻害する抗体を選別し、その抗体が認識する分子を質量解析によって同定した。また、siRNAならびに発現ベクターを用いた系で、この分子をノックダウン、あるいは過発現させたTGCを作製し、菌の感染率について検討した。さらに、流産モデルマウスにこの抗体を投与し、感染による流産が阻止されるか否かを検討した。B. abortusの細胞侵入を阻害した抗体は、heat shock cognate protein 70(Hsc70)を認識する抗体である事が判明した。Hsc70をノックダウンさせたTGCでは、B. abortusの細胞侵入が阻害され、逆に過発現させたTGCでは侵入効率が上昇した。また、この抗体の投与により、マウスにおける流産は阻止されることが認められた。抗体が反応する最小領域は、Hsc70のC末端領域に存在する、EEVDモチーフを含む領域であることが認められた。TGCの細胞膜上に存在するHsc70がブルセラ属菌感染に重要な役割を果たしていることが示唆された。Hsc70のEEVDモチーフはtetratrico-peptide repeat(TPR)ドメインを認識して、蛋白質と結合することが知られている。このことから、ブルセラ属菌の病原因子はTPRドメインを含む蛋白質であることが推測される。現在、TPRドメインを持つ菌側因子の解析を行っている最中である。
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