ブルセラ属菌は人獣共通感染症の一つであるブルセラ症の原因菌であり、妊娠動物に感染した場合、不妊あるいは流死産といった繁殖障害を引き起こす。細胞内寄生菌であり、妊娠動物において、胎盤の栄養膜巨細胞(trophoblast giant cell : TGC)に特異的に侵入し増殖することが報告されている。このことが流産の引き金になっていると考えられるが、詳細なメカニズムについては不明な点が多い。そこで本研究では、ブルセラ属菌の細胞侵入に関わるTGC側分子を同定し、その分子を介した菌の細胞侵入について検討を行った。昨年度までに、TGCの細胞表面に存在するHsc70(heat shock cognate protein 70)が菌に対する受容体として機能することを見出した。Hsc70に結合する菌側因子の検索を行うために、菌の感染を阻害するモノクローナル抗体がHsc70のどの部分を認識するか解析を行った。その結果、C末端領域に存在するEEVDモチーフと呼ばれる領域を認識することが判明した。本年度はTGC表在性Hsc70に結合する菌側因子を同定し、その分子を介した菌の感染について検討を行った。Hsc70のEEVDモチーフは、tetratrico-peptide repeat(TPR)ドメインを認識して蛋白質と結合することが知られている。Hsc70に結合する菌側因子はTPRドメインを含む蛋白質であることが予測された。そこでゲノムデータベースからTPRドメイン蛋白質を検索したところ、3種の蛋白質がそれに該当した。TPRドメイン蛋白質のリコンビナント蛋白質を作製し、Hsc70への結合性を生化学的手法により検討したところ、これら3種のTPRドメイン蛋白質はHsc70のEEVD配列を介して結合することが認められた。さらに、EEVD配列免疫妊娠マウスは、ブルセラ菌感染による流産の発生を防ぐことが示された。ブルセラ属菌のTPRドメイン蛋白質はEEVD配列を介してHsc70のC末端領域に結合し、細胞表在性Hsc70の機能を調節しているものと考えられる。細胞表在性Hsc70の機能は未だ不明な点が多いが、本研究により病原体を認識する役割を持つことが示されるものと期待される。
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