カルパインは、カルシウムによって活性化される細胞内システインプロテアーゼである。脳神経系におけるカルパインの生理機能と病理作用を検討するために、カルパイン阻害タンパク質カルパスタチンを過剰発現するトランスジェニック(Tg)マウスおよびノックアウト(KO)マウスを作成した。カルパスタチン欠損はカルパイン過剰活性化を招く可能性が危惧された。しかし、正常状態下でのカルパイン活性化は認められず、発生・成長・寿命・生殖・行動においても明確な異常は観察されなかった。一方、興奮性神経毒カイニン酸を脳内に投与したところ、カルパスタチンKOマウスでは神経変性が昂進し、Tgマウスでは減弱した。以上のことから、カルパスタチンはおもに病的状態においてカルパイン過剰活性化を制御するものと考えられる。 次にアルツハイマー病の発症機構への関与を検討するために、アミロイド前駆体タンパク質(APP)を過剰発現するTgマウスとカルパスタチンTgおよびKOマウスを交配した。カルパスタチン過剰発現によって、APP-Tgマウスは寿命が延長し、Aβ蓄積やミクログリア活性化が抑制された。一方、カルパスタチン欠損は、APP-Tgマウスの寿命を著しく短縮し、アミロイドβペプチド(Aβ)蓄積やミクログリア活性化を促進したのみならず、嗅内野における錐体細胞の萎縮や樹状突起の変性を誘発した。以上のことから、カルパインはアルツハイマー病の発症機構において重要な役割を担うこと、および、カルパイン特異的阻害剤がアルツハイマー病の予防や治療に有用となる可能性があることが示された。
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