線虫C. elegansは、ブタノンの匂いと餌を同時に体験するとブタノンへの化学走性を特異的に促進させる。我々は、この行動可塑性を発見して「ブタノン促進」と命名し、変異体の分離・解析によりその機構を解析している。これまでに解析した変異体の原因遺伝子は、ブタノンを感じるAWC嗅覚ニューロン(AWC-ONとAWC-OFFから成る)の分化に働きAWC-ONの生成に必要な遺伝子と、繊毛の形成に働くBardet-Biedl症候群遺伝子だった。これらの実験から、AWC-ONの感覚繊毛におけるブタノン信号伝達の過程で可塑性が生じることが示唆されたが、そこに直接関与する分子はわからなかった。これを解明するため、本年度はブタノン促進の変異体で未解析のolrn-3変異体の研究を行った。この原因遺伝子は、嗅覚受容体と共役するGタンパク質αサブユニットの遺伝子odr-3だった。odr-3のナンセンス変異体は、AWCが関与するブタノンへの化学走性やASHが関与する高浸透圧忌避が異常なことが知られている。しかし、この変異体は、高浸透圧忌避は異常だが、ブタノンへの化学走性は正常で、ブタノン促進のみが異常だった。その変異は、GαのSwitch II領域とSwitch III領域の間のグルタミン酸残基をリジン残基に置換するミスセンス変異だった。これらの結果は、嗅覚のGαであるODR-3が、ブタノン促進において(1)餌の信号とブタノンの信号の統合、または(2)餌の信号伝達に関与することを示唆する。(1)の可能性を追求するために、餌の信号で制御される未同定のタンパク質分子がODR-3と相互作用してブタノン信号伝達効率を調節することを考え、Gαと相五作用するタンパク質の変異体でブタノン促進が異常なものを探している。また、(2)の可能性を探るために、AWC以外のニューロンでのODR-3の役割も検討している。
|