金属錯体を脂質分子により超分子被覆した、新しい錯体分子膜を開発した。一次元Fe(II)トリアゾールをキラルな脂質分子により被覆した錯体分子膜は結晶状態、室温で高スピンFe(II)状態を示した。一方、この錯体分子膜を有機媒体に分散させると、ナノワイヤー構造を与え、驚くべきことに室温で低スピンFe(II)状態を示した。溶液系で固体結晶状態よりもスピン転移温度が数十~百度も上昇するという特異な結果は、溶媒の極性が低い場合に顕著であった。このことは、イオン性のFe(II)トリアゾール錯体における配位子-Fe(II)間の距離が疎媒性相互作用により収縮したことを意味する。従来、高スピン錯体を低スピン錯体に変換させるためには、結晶に高圧を印加する必要があった。本成果は、高圧装置などを必要とせず、室温、大気圧において、溶媒の極性に応じて金属錯体の配位子場分裂の大きさを制御できることを意味し、錯体機能を制御する観点から画期的な成果である。また、脂質被覆Fe(II)トリアゾール錯体のトルエン分散を加熱すると、ある温度を境に急激に低スピンから高スピンFe(II)錯体に転移することが、可視吸収ならびに円偏光二色性スペクトルから明らかとなった。この急峻なスピン転移は、溶液系ナノワイヤー錯体において協同性が著しく高いことを意味する。AFM観察の結果、低スピンから置換活性な高スピン錯体に転移すると錯体鎖の架橋構造が切れ、一次元錯体がフラグメント化されることが明らかとなった。この変化は温度変化に関して可逆的であり、一次元鎖の解離と再集合と連動したスピン状態の変化を実現できた。このプロセスは、配位結合を保ったままおきるスピン転移とはメカニズムを異にしており、スピンコンバージョンと命名した。このように、本研究においては、従来の錯体科学にない新規な現象ならびに概念の創出を達成することができた。
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