研究概要 |
本年度は,人が不確実な状況で経済的な意思決定を行う際に,リスクをとる場合とリスクを回避する場合の違いが,呼吸,脈拍,皮膚伝導反応(以下SCR)といった生理指標に現れるのかどうかを検証するための実験を行った. Loら(2002)では,投資家が模擬的なトレーディングを行っている際に,SCR,心臓血量,筋電図,呼吸,体温の5つの生理指標を計測したところ,SCRが価格の乖離や反転などの短期的なイベントに反応し,心臓血量が変動の大きい期間に反応することを報告している.しかしながら,投資家がリスクをとっているか回避しているかの違いが生理指標に影響を与えているのかどうかはわかっていない.もしリスク選好の状態が生理指標に現れるのであれば,それをモニタリングすることで,投資の初心者に対する助言を行うことが可能になるため,投資教育支援システムに大いに役立つと期待される.ところが,昨年度実施した模擬市場実験のように,ニュースの有無によってリスク選好をコントロールすることには限界がある.近年,Machiiら(2006)により,前頭葉に経頭蓋直流刺激(以下tDCS)を流すことによりリスク量をコントロールできることがわかってきた.そこで本研究では投資家を対象に,経済的な意思決定を行っている際に前頭葉にtDCSを与えることで,リスク量だけでなくリスク選好そのもの(効用関数)をコントロールできることを示した上で,リスク選好の状態(リスクの高い/リスクの低い選択を行っている)が呼吸,脈拍,SCRに影響を及ぼすのかどうかを検討した. その結果,tDCSの右側陽極刺激左側陰極刺激を与えた場合にリスク選好はリスク回避的な傾向となり,逆にtDCS左側陽極刺激右側陰極刺激を与えた場合にリスク志向的な傾向となることがわかり,模擬市場実験では限界のあった投資家のリスク選好のコントロールに本手法が使えることを見出した.しかしながら,リスク選好の変化によって,呼吸,脈拍,SCRのいかなる生理指標にも有意な変化は見られなかった.
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