研究概要 |
ヒトの淘汰圧を受けた寄生者が適応し,社会への脅威となって跳ね返ってきている。従って,これらの個体群の動態をモニタリングし,抵抗株の出現の予測を可能とする統計モデルを開発することは,喫緊の課題である。本研究では,統計遺伝学と構造生物学を駆使してこの問題に取り組む。初年度においてはウィルスの適応進化に注目した。 まず,宿主細胞への侵入とこれを阻止する抗体の関係を定量的にモデリングした。宿主細胞の受容体と抗体のいずれがウィルススパイクタンパクに結合しやすいかが,ウィルスの宿主への侵入効率,抗体からの回避能を決める。そこで,たんぱく質構造データベースに収められた情報を利用し,結合状態におけるアミノ酸配列の尤度と自由状態における尤度を比較した対数尤度比の形で結合能を記述し,妥当性を評価した。 ゲノムの組換えは,異なるゲノムをモザイク上に組み合わせることにより,時として大規模な多様化を達成し,適応進化の可能性を高める。ウィルスゲノムにおける隣接領域間の系統関係(トポロジー)の食い違いとして,組換えの歴史を推測することができる。本研究ではトポロジーの間の食違いを組換え回数で説明する距離を近似するアルゴリズムを開発した。そして,隣接領域間の距離にポアソン分布の事前分布を導入し,MCMCの収束性を大幅に改善し,精度の向上をはかった。数値シミュレーションにより,組換え位置と組換え回数を偏りなく推定できることが確かめられた。また,南アメリカのHIV-1集団の解析を行い,手法の有効性を示した。 これらの成果のうち,タンパク質複合体の結合能の統計モデルは本年度論文として印刷され,その数理モデルへの組み込み,ゲノムの組換えのベイズ階層モデルは投稿準備中である。またこの他に,共同研究を通じて,マラリア集団遺伝とこれにかがる淘汰圧経験ベイズによる集団構造の推定に関する論文を刊行した。
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