本年度は、培養脳切片における「繰り返しLTD誘発後シナプス廃止(LOSS)」の細胞機構に一気に迫る成果をえつつある。「繰り返しLTP誘発後シナプス新生(RISE)」の成立に脳由来神経栄養因子(BDNF)が関与するとする昨年度までの成果に、本課題の鍵概念である「鏡像性」をあてはめ、最近ニューロン死やニューロン分化の場面でBDNFと鏡像的な効果をもつことが示唆されているBDNF前駆体(proBDNF)に着目して、この新規細胞外シグナル分子がLOSS成立に関与している可能性を検討した。その結果、これを支持する結果がえられた。さらに、LOSSの生理的意義をイン・ビボにおいて検討するため、BDNFの前駆体から成熟体への変換過程に遺伝的阻害を加えたTgマウスを利用して、その行動異常とニューロン形態異常との相関を調べる研究を、前倒しで開始した。 RISEに関しては、ひきつづき細胞内機構の解析を進め、Ca透過性AMPA受容体(幼若型グルタミン酸受容体)の発現が、結果としてばかりでなく原因の一部となっていることについて、電気生理学的な解析を進めた。また、培養維持の手技上の制約から、これまで薬理学的刺激で誘発してきたLTPを、電気的な刺激で誘発する試みを行った。その目的は、培養脳切片全体にではなく、局所的にLTPを誘発して、その投射域に限定してRISEが起こること、いいかえるとRISEに入力経路特異性があることを示すことであり、それが示せれば、RISEがイン・ビトロ記憶モデル現象としての資格を備えていることをより強く主張できる。
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