本年度は昨年度より継続したsyntaxin1B(以下stx1B)遺伝子ノックアウトマウス(KO)作成を完成し系統を確立した。しかし繁殖力が弱く確立には予定より時間がかかった。全く正常に成長するstx1AKOの場合と異なり、予期せぬことにstx1Bのnull mutantは生後2週間前後で致死となった。このマウスでは中枢神経系に形態学的な異常が認められた。その異常は小脳に顕著であり、小脳の委縮、主たる出力細胞であるプルキンエ細胞の減少と層構造の乱れが観察された。脳海馬の歯状回には委縮と細胞数の減少も認められている。更にin vivoでは正向反射に障害が認められたことから、致死となる直接の原因として運動機能の障害が推測された。生後10日齢のnull mutant miceから得た海馬スライスでの電気生理学的解析からはシナプス伝達におけるpaired pulseratioが低下していることが明らかとなった。従って速いシナプス伝達に何らかの異常があると推測された。またSTX1Bのheterozygote miceは正常に発育するものの、高頻度に痙攣発作が認められている。これらの結果はstx1AKOでは全く観察されない異常であった。従来stx1Aとstx1Bは神経細胞のシナプスにおける神経伝達物質放出過程に関与しており、両者は殆ど同じ機能を担う重複遺伝子群であると広く信じられていたが、本研究により両者が異なる機能に関わっていることが初めて明らとなった。Stx1Aとstx1Bの機能の差異に関して詳細はまだ不明であるが、シナプス伝達過程における両因子の作用について、これまでの常識を覆す全く新しい知見が得られる可能性が期待される。
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