研究概要 |
昨年度までの実験結果より、シナプス小胞の開口放出過程に必須であると考えられてきたンタキシン1(SY1)の2種類のアイソフォーム、SY1AとSY1Bはシナプス伝達過程において異なる機能分化をしているという推測が得られてきた。そこで本年度は当初の研究目的を少し変更して、SY1B遺伝子ノックアウトマウス(KO)の表現系の詳細な検討を行い、SY1AとSY1Bの機能差を明らかにすることに研究を集中した。その結果、SY1BKOではある程度シナプス伝達は行われるが、胎生期から生後直後にかけての中枢神経系の発達障害により生後2週程で致死となることが示された。この致死性はSY1AKOには見られなかった。SY1BKOから得た培養系での電気生理学的解析からはGABA性シナプスにおいて放出確率が低下していることが示唆された。またSY1BKOの神経細胞は培養下で脆弱であることが明らかとなり、これが個体レベルでの中枢神経系の発達障害の一因であると考えられた。一方、SY1AKOではグルタミン酸及びGABA性神経伝達は共に正常であるが(J.Neurosci., 2007)、脳内微小還流法によりモノアミン性神経伝達物質の放出が減弱していることが明らかにされた。これらの実験結果から「シナプス伝達過程においてSY1A及びSY1Bは同等の働きをしており、両者共にこの過程に必須であるという従来の常識が覆されることとなった。更にSY1A及びSY1Bはシナプス小胞の開口放出過程における膜融合現象の必須因子というよりは、SY1Aは主としてドーパミン、セロトニン等の遅い神経伝達に関与して、SY1Bは主としてグルタミン酸、GABA等の速い神経伝達を仲介する過程に関わる修飾因子群であるという新しい推測が提示された。
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