本年度は以下の研究を実施した。 (1)代表的な心理的変動のひとつとして、ピアノ演奏における心理的緊張が自律神経活動、筋活動、動作、及びパフォーンスに及ぼす影響に関するデータを更に詳細に処理検討し、観客や審査員等による評価を受ける場面での演奏時には心拍数が増大し、低強度の持続的筋活動が増大するなどの、心理的プレッシャーの効果を検証し、成果を公表した。また、ピアノのような小筋動作に加えて、ストリートダンスのリズム動作という全身的大筋動作および管楽器の吹奏という顔面筋の大きなカを必要とする動作において、心理的変動がどのような影響を持つかを検討した。ストリートダンスの基本動作として、両足を揃えた立位姿勢からリズム音に合わせて膝を屈伸する動作を、最大膝屈曲位置をリズム音に一致させる条件(ダウンリズム動作)と、最大膝伸展位置をリズム音に一致させる条件(アップリズム動作)の2種類の意識焦点で行わせた。その結果、物理的には同じ膝屈伸動作であるにもかかわらず、動作局面に対する意識の違いが、動作速度や最大屈曲・伸展角度の大きさや時刻に有意な影響を与えることが明らかとなった。これは、動作に関する注意の仕方の違いという心理的変動が動作自体を大きく変えてしまうことを意味するものであり、コーチングやスキルプラクティスという応用面からも興味深い。さらに管楽器¢ホルン演奏についてピアノ演奏と同様の心理的変動の効果を見るための準備段階として、顔面諸筋の筋活動がクロストークなしに分離記録できることを確認し、さらにそれらの筋活動強度と音量との間に直線的関係が見られることを確認した。 (2)意識的にペースを変動させる長距離競走のような場合に、速度変化に応じて走行パターンにどのような変化が生じるかをトレッドミル走を用いて検討した。その結果、熟練長距離ランナーは、一般人に比べて一歩あたりの周期の変動係数が小さいものの、フラクタル解析によるスケールリング指数αは一般人と変わらない値(0.5〈α〈1)を示した。このことは、熟練者がランニング動作のゆらぎ特性を変えることなく分散の大きさのみを減少させていることを意味する。 (3)心理・情動過程の脳内機構研究のため、前年度に引き続き動物脳スライス標本を用いた電気生理学的解析を行った。動機付けや報酬に関係の深いドーパミンの扇桃体神経回路リズム修飾作用に関し、促進部分はドーパミン受容体のD1サブタイプ、抑制部分はD2サブタイプが関与ることを明らかにした。また、不安状態に影響することなく行動過剰を引き起こす慢性拘束ストレス条件を見出し、これに帯状回神経回路の脱抑制とシナプス可塑性増大が関係することを明らかにした。
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