本研究は、損傷乗り越えDNA複製(TLS : translesion synthesis)の制御機構を分子レベルで明らかにすることを目指した。具体的には、色素性乾皮症バリアント群の責任遺伝子産物であるDNAポリメラーゼη(Polη)とDNA複製のスライディング・クランプであるPCNA (proliferating cell nuclear antigen)のユビキチン化の細胞内でのTLSにおける意義の解析、及び、Polηの翻訳後修飾の解析を行った。ヒト細胞中の内在性のPCNAをsiRNAにより抑制し、siRNAに耐性かつ164番目のKをRに置換した外来性PCNAを発現させたヒト細胞株を樹立して解析を行った結果、この細胞株は顕著な紫外線感受性を示した。また、この細胞株では、紫外線照射後のS期の進行が遅延すること、Polηの紫外線損傷部位への集積が認められないことを明らかにし、PCNAの164番目のKの翻訳後修飾が、ヒト細胞内でのPolηの機能発現に重要であることを明らかにした。さらに、PolηのC末領域に存在するPCNAとの相互作用に必要なPIP領域及びユビキチンとの相互作用に必要なUBZ領域の変異体を作出し、それらを発現させたXP-V群細胞株を樹立した結果、UBZ変異体は細胞の紫外線感受性を回復できないが、PIP変異体は紫外線感受性を回復した。また、PIP変異体はUBZ変異体と同様に、紫外線損傷部位へ集積しなかった。これらの結果から、Polhとユビキチン化されたPCNAとの相互作用には複数の様式があり、未解明の複雑な制御機構が存在することが強く示唆された。さらに、ヒト細胞中のPolηのリン酸化候補部位の変異体を作出して解析を行った結果、587番目のSをAに置換したPolηは、XP-V群細胞の紫外線感受性を回復できないが、Dに置換した変異体は、細胞の紫外線感受性を部分的に回復したことから、このSのリン酸化がPolηの機能発現制御に関わる可能性が極めて高いことを初めて明らかにした。
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