研究概要 |
熊本県天草下島の富岡湾干潟では,1986年に絶滅した巻貝のイボキサゴ個体群が1998年以降復活し,現在に至っている.イボキサゴの絶滅は十脚甲殻類のハルマンスナモグリによる基質攪拌作用により,稚貝の新規加入が妨げられたことによる.最近10年間は,ハルマンスナモグリ個体群密度は低い.本干潟におけるイボキサゴの復活は,浮遊幼生が天草下島の東海岸にある7つの干潟個体群から流入したためと考えられる.前年度の飼育実験により,幼生の生残率を考慮すると9日目までに到着する必要があることが示唆された.これらの干潟ではハルマンスナモグリの個体群サイズは一貫して小さかった.また,イボキサゴについては,富岡湾から最も遠い2つの干潟の個体群サイズが最大である.ハルマンスナモグリとイボキサゴを含むメタ群集の観点に立ったとき,後者のメタ個体群を存続させるためには,富岡湾干潟を含む8つの干潟のどれを保全したらよいのか提案することを最終年度の目的とした.前年度までに,イボキサゴの放卵・放精は小潮とその直後に行われるものが幼生の回帰にとって最も有効であることが明らかになった.そこで,10月の2回の小潮それぞれの満潮時に漂流ハガキ1000枚ずつを7個の干潟のすぐ沖に放流し,富岡湾干潟への漂着状況をモニタリングした.1回目の放流では,12日目からハガキが回収され始め,しかも富岡湾に最も近い3つの干潟からのものが大部分を占めていた.2回目の調査では,7~9日目に中程度離れた2つの干潟からのハガキが1.6~1.9%回収された.ハガキは潮流と風による吹送流により輸送されるため,放流時には凪の状態が,また有明海から外に出た後は北風の連吹が輸送の成否を決めていることが明らかになった.結果を総合し,幼生の最大の供給源のみならず,富岡湾干潟の途中にある小干潟も経由地として重要であり,全ての干潟を保全する必要があると結論された.
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