研究概要 |
チベットのポタラ宮に所蔵されており,近年その存在が明らかになったスティラマティの倶舎論注釈書『真実義』サンスクリット写本の約15葉分(第8偈まで)を解読し,ローマ字転写テクスト(Diplomatic Edition)ならびに試訳を作成した。チベット語訳と部分的に現存する敦煌出土漢語断片『倶舎論実義疏』はもちろんのこと,『倶舎論』本論,ヤショーミトラの注釈書『倶舎論明瞭義』,プールナヴァルダナの注釈書『倶舎注疏随相』に加え,サンガバドラの『順正理論』を参照し,その対応に注意しながら写本の校訂作業を行った。 写本の文字が不鮮明で判読し難い箇所があり,また内容の難解さ故に,読みを確定することができていない箇所があるものの,部分的にではあるがサンスクリット原文を提示することの意義は大きい。とりわけ,これまでチベット語訳,漢語断片のみでは読み解くことができなかった点を明確にし得たことは,重要な研究成果であると言えよう。 現存する『真実義』チベット語訳の文章は必ずしもサンスクリットの正確な訳文とは言えない点が見受けられることが,あらためて明らかになってきた。また『順正理論』の文脈を精密に捉えながら,スティラマティが『倶舎論』の注釈書を著した事実を,窺い知ることができる。よって,漢語でしか現存しない『順正理論』の文章を回収し得ることもまた,文献学上の重要な成果である。
|