研究概要 |
すでに散逸したと考えられてきたスティラマティの倶舎論注釈書『真実義』サンスクリット写本が,チベットのポタラ宮に保管されていることが判明した。本研究は『倶舎論』諸注釈書の中で最も大部である当該注釈書の解読を主たる研究課題に据えスタートした。 まず,写本外形の特徴,章の区切りに記されるごく短いコロフォンを確認した。写本全体は三つに分けて書写されたことが推測される。最初の部分(写本A)と最後の部分(写本C)が現存し,中間部分(写本B)つまり第2章から第4章中程までを欠く。現在のところ,第1章のうち約20葉分の解読を終え,校訂テキストと試訳を作成した。 定期的に研究会を開催し,『真実義』チベット語訳と敦煌出土漢語断片『倶舎論実義疏』,また『倶舎論』本論とヤショーミトラやプールナヴァルダナの注釈文,加えてサンガバドラの『順正理論』やスティラマティの『五蘊論釈』などを参照して校訂作業を行い,多くの平行句を同定し,チベット語訳のみでは明確でなかった箇所を精読することができた。とりわけ『順正理論』の文章を多く回収できたことは重要な文献学上の成果である。 『真実義』サンスクリット写本解読に必要不可欠であるプールナヴァルダナ注のチベット語訳に,偈や本論対応箇所などを書き込んだノートを作成するなど,ひろくアビダルマ研究者に提供できる関連文献資料を作成した。これは写本解読に付随する重要な基礎的研究の成果である。
|