シエナ大学古典学教授のマウリツィオ・ベッティーニ教授を招聘し、とりわけ肖像の表象における「仮面」や「変身」のテーマに関して、講演会とセミナーと通じて、意見交換と情報交換をおこなった。古代ローマではたとえば、ウェルトゥムヌスという神話の登場人物は、様々なアイデンティティを装うことで知られる。その名は、ラテン語で「変化すること」を意味する「ウェルテレ」から由来するとされる。古代神話には変身する神々たちで溢れているが、この神の変身で特徴的なのは、自然現象や動物等に変身するのではなくて、常に何らかの社会的な役割を担うキャラクターに変身するという点である。そのことは、オウィディウスの『変身物語』やプロペルティウスの『エレギア』からも推し量ることができる。 こうしたウェルトゥムヌス的な変身のテーマは、肖像の問題を考える上で極めて示唆に富んでいる。たとえば、16世紀の画家アルチンボルドが描いた《ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ2世の肖像》は、その意味で象徴的である。肖像の問題は、モデル本人とその絵との関係にのみ限られるわけではない。誰がそれを見るのか、その社会的な機能はどこにあるのかといった点も重要となる。そのとき、いったいそのモデルは、その肖像を描かせることでいかなる役割を演じようとしているのかが問われる必要があるだろう。このように考えなら、ウェルトゥムヌスという神の変身のテーマは、肖像とアイデンティティという問題に新たな視点を提供してくれる。
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