研究課題/領域番号 |
19320053
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
諌早 勇一 同志社大学, 言語文化教育研究センター, 教授 (80011378)
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研究分担者 |
石川 達夫 神戸大学, 大学院・国際文化学研究科, 教授 (00212845)
大平 陽一 天理大学, 国際文化学部, 准教授 (20169056)
阿部 賢一 武蔵大学, 人文学部, 専任講師 (90376814)
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キーワード | プラハ / 汎スラヴ主義 / 亡命ロシア / カレル・タイゲ / ヤン・パトチカ / アルフレッド・ベーム / 文化の交錯 / アヴァンギャルド |
研究概要 |
初年度に当たる本年度は、ます7月に第1回の研究会を開催して、研究代表者の諫早が「プラハのロシア文学-ペームとスローニム」と題した報告を行うとともに、ツヴェターエワの研究家である前田相泉立教大学講帥を招いて、「ツヴェターエワとプラハ〜『終わりの詩』をめぐって〜」という報告を聴いた。そして、今後の研究計画について4名の研究分担者で協議を行った。 その結果、本年度は1920年代を中心に、亡命ロシア人とチェコスロヴァキアの知識人との文化交流に力点を置きつつ、文学・思想・映画理論・美術などさまざまな領域におけるRUSSIAN PRAGUEの文化活動の実態を、各人の関心にあわせて考察していくこととなった。 諫早は、アルフレッド・ベームか主宰した文学サークル<庵>について、その文学的主張や実践を、パリの亡命ロシア文学や、プラハで刊行されていた雑誌『ロシアの意志』の指導者マルク・スローニムの主張と対比することによって差異化し、文学の能動的役割の強調と受入国チェコスロヴァキアの文学者との積趣的な交流が特徴となっていることを明らかにした。また、阿部はこの文学サークル<庵>のメンバーだったニコライ・テルレツキイに注目して、彼がロシア語を棄ててチェコ語作家となっていく過程について考察し、当時のRUSSIAN PRAGUEの雰囲気の中では、彼はけっして特異な存在ではなく、むしろロシア語とチェコ語の二言語使用が常熊であったと説いた。 このように諫早、阿部がどちらかというと亡命ロシア人の側からRUSSIAN PRAGUEの文化活動にせまったのに対して、石川、大平はチェコ人の側からRUSSIAN PRAGUEの文化活動を探求しようとした。石川はチェコの民族再生運動の歴史の中で、ヤン・バトチカという思想家に注目し、チェコ民族の自立をめざすその主張は狭義のナショナリズムというよりは、むしろ汎スラヴ主義、複スラヴ主義ともっながっていることを明らかにした。そして、チェコ・アヴァンギャルドを代表するカレル・ダイゲ研究対象にして、.その映画理論・美術的実践を考究する大平は、とくにロシア・アヴァンギャルドの映画理論・美術理論と比較することによって、タイゲのスラヴ性の持つ意味を再検討した。われわれの研究はまだ緒についたはかりだが、次年度以降はこのような各人の関心を緊密に結び合わせることによってより立体的な研究の構築に努めたい。
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