本研究は、中エジプトのアコリス遺跡の南に位置するザウィエト・スルタン古代採石場に残されているギリシア語と在地エジプト語(デモティック)を併記するグラフィティの全容を解明するとともに、それを手がかりとしてヘレニズム時代のエジプトにおける二言語併用社会の諸相を、文化交流史の視点から明らかにすることを意図している。ヘレニズム時代のエジプト研究は、これまでもっぱら出土ギリシア語パピルス文書の解読に依拠して行われてきたが、そのエジプト固有の史料状況が該期の社会を多元的な視点から検討することを妨げてきたのは、否定しがたい事実である。ザウィエト・スルタン古代採石場の膨大なグラフィティは、未公刊の一次史料であるというだけでも貴重な存在であるが、その多くがギリシア語と在地エジプト語によって併記されている状況からは、石灰岩の採石という経済活動をめぐる在地社会のダイナミズムを読み解くことが可能となると予想される。本研究は、現地調査にもとづくその網羅的な研究を通じて、国際的なレヴェルでヘレニズム研究に貢献することを企図するものである。
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