研究概要 |
伊藤過程のマルチンゲール部分の2次変動過程を離散的な観測から推定する問題は,確率過程の統計学において基本的な研究対象であり,高頻度金融データ解析の基礎にもなる.統計量の誤差分布の高次近似は,現代理論統計諸分野の基礎となっており,独立観測の場合にそれは発展し,誤差が漸近正規の場合に対応する理論が確率過程に対しても近年確立した.2次変動過程の推定量の誤差分布の極限としては混合正規分布が現れるが,非正規極限に対する漸近展開の理論は存在しなかった.これに対して本研究課題により,(90年代の筆者による)マルチンゲールの漸近展開の一般化がなされ,漸近展開が導出された.展開公式は無限次元解析的な表現をもち,従来の不変原理とは本質的に異なる.スチューデント化のためには,分布収束確率変数と条件付け確率変数の結合分布の漸近展開が必要であり,公式はその形で与えられている.このとき,条件付けする確率変数に関する事象のスライスがなされるが,これは本質的に条件つき確率を扱うことになる.この研究をもとに,ボラティリティ推定への応用に向けた条件付き漸近展開の研究を行った.条件つき確率のもと,平滑化等の技巧により,誤差評価がなされた.2次変動の推定は,高頻度データのより現実的な表現として,各確率過程(銘柄)のサンプリング時刻が異なる,いわゆる非同期サンプリングの設定に焦点が移行しつつある.2つの伊藤過程の間の2次変動過程(共変動過程)の非同期観測からの推定は,同期観測の場合にない新しい問題を提起する.同期の場合によく知られている離散共変動推定量を適用するために,前処理としてデータの補間をいかに"自然に"行っても,共変動の推定量としてバイアスが生じることがしられている(Epps効果).この問題の解決のために導入されたのが非同期共分散推定量(Hayashi-Yoshida estimator)である.この推定量の漸近的な性質に関して,筆者らはその漸近混合正規性の証明を与えている.非同期共分散推定量は確率過程の増分の(ランダムな核による)2次形式であるが,マルチンゲール部分が非線形にパラメトライズされている一般の統計モデルでは,疑似尤度推定量はそれだけでは表現できない.2次変動の記述統計的アプローチでは不十分で,より統計学的な漸近決定論的アプローチが必要となり,それは確率論的な解析をもより困難にする.この問題に対して,推定関数の決定に関して研究を行った.その漸近的性質は研究が継続している.2次変動の高次元化に関しては,同期非正則サンプリングの場合にパワーバリエーションをJacod, Hayashiと研究をしたが,非同期サンプリングに関しては研究中である.ファイナンスへの確率過程の統計推測理論の応用として,市場における企業間のリーダー/フォロワー関係を測るlead-lag推定について,統計量の挙動の研究およびデータ解析を行った.
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