本研究の目的は、光の放射圧によって微粒子を空間捕捉する光トラップ技術を用いて水滴や氷の微結晶を空中に静止させ、相転移や成長過程をその場観測する新しい実験手法を提供することである。 今年度はまず、空間捕捉した過冷却水滴のラマン分光を行い、バルクの水では接触凍結により測定が困難な低温領域において分子構造の解明を試みた。トラップ光を励起光とした水分子のOH伸縮振動によるストークス光を観測し、スペクトル形状の温度依存性を0℃から-35℃の範囲で調べたところ、雰囲気温度の低下とともに2つのピークの大小関係が逆転することが明らかになった。現状ではS/Nが不十分であるが、スペクトル成分に分解できれば、水分子同士が瞬間的に結合することによるクラスター構造、すなわちクラスレート構造や氷の結晶構造の断片を見出だせるかもしれない。一方、氷の微結晶からのラマンスペクトルは複数の成分から構成されており、バルクの氷に比べて各成分の線幅は著しく狭い。これは氷晶が単結晶であるためであり、ラマン信号の結晶方位依存性や偏光依存性を明確に測定できることを示唆している。 さらに532nmのパルス光により励起を行ったところ、水滴のラマンスペクトルに等間隔のピーク構造が現れることが明らかになった。これは、水滴が光共振器として作用し、whispering gallery mode(WGM)に誘導ラマン散乱光が共鳴したためである。WGMは水滴の大きさ、形状、屈折率に依存するため、スペクトル形の解析から蒸発や凍結などの相転移を追跡する新たなプローブとなる。
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