多原子分子の反応を理解する上で重要な連続的構造変化について先端的な時間分解分光を用いた研究を進め、超高速反応における構造ダイナミクスの詳細を明らかにした。 まず、我々が独自に開発したフェムト秒インパルシブラマン分光法を用いて、有機金属錯体の光誘起超高速構造変形のダイナミクスと機構について研究した。典型的な銅(I)錯体である[Cu(dmphen)_2]^+は基底状態において2つの配位子面が直交した構造をもつが、電荷移動励起状態においては配位子間の二面角が90°より小さくなるflattening変形を起こすことが示唆されてきた。この錯体の"瞬時的な"ラマンスペクトルをフェムト秒の時間分解能で測定したところ、銅-配位子間の対称伸縮振動に帰属される125cm^<-1>の強いバンドを含むいくつかの低波数ラマンバンドが観測された。特に125cm^<-1>バンドは光励起とともに現れ、3psまでにほぼ消失した。このことは、振動構造がサブピコ秒の時定数で変化していることを示しており、有機金属錯体のフェムト秒構造変形を振動スペクトル変化の形で初めて示した画期的な成果といえる。 また明確なエネルギー障壁をもたずに進む超高速反応における連続的構造変化をポンプ・ダンプ・プローブ分光により研究した。シアニン色素溶液に対する実験の結果、基底状態の褪色信号がダンプ光の導入により瞬時的に減少すること、つまり、励起分子の一部が基底状態に引き戻されていることを確認した。さらに、ダンプ光波長を690nmから950nmへと長くすると、引き戻し効率が最大となる時刻が100fsから240fsへと遅くなることも観測された。引き戻し効率はS_1-S_0間のエネルギー差とダンプ光子エネルギーが一致するときに最大となるため、この実験結果は励起状態ポテンシャル曲面上に沿って連続的に構造変化する分子を定量的に追跡したものといえる。
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