生物は環境変化に対して反応し、形質を一定に保ったり(恒常性)、形質を変化させたり(可塑性)して、生存や繁殖のパーフォーマンスを向上させる仕組みを有している。エゾサンショウウオ(Hynobius retardatus)は北海道の池に生息する有尾両生類である。高密度の生育環境で幼生集団内の一部に、広顎型の個体が発生することが飼育環境で知られ、自然環境でも確認されていた。広顎形体の個体は、そうでない形体の個体を共食いする。これらは、密度依存的・同所同時的な集団内の形体多型(二型)によって生じている『共食い多型』である。 共食い多型に対する一般的な進化生物学的推論は次の通りだ。同種が高密度で餌が少ない環境でのみ有利となる広顎形体が、そうした環境でのみ出現するのは、そうでない環境のもとで広顎形体が不利だからである。しかし、広顎を持たず餌食となる個体の形体に対しては十分な注意が払われてこなかった。全ての個体が環境に対応して斉一的な反応を示さず、一部の個体のみが広顎型となり、同時同所的に集団が多型化することについて、さらなる説明が必要である。共食い型にならない個体は、チャンスを逸した敗者と考えると、個体の成長の過程で、何が勝者(共食い型になる)と敗者(非共食い型)の分岐を決めるのか、両者の割合がどのようにして決まるのかも問題となる。 しかし、非共食い個体は、成長の過程で共食い型となる個体に対して劣勢となり、単なる餌食となる敗者であるという見方は正しくなかった。それらの個体は、広顎型の個体の共食い攻撃に対して防御の機能を持つ形体になることを示した。非共食い個体の形体は、共食い型個体の捕食攻撃の成功を阻止する形に変化している。エゾサンショウウオ幼生の共食い多型は、種内の攻防によって維持されているだ。
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