蛋白質のリン酸化反応は、生命活動の基本となる物質代謝や細胞内情報伝達の調節を司る必須の生化学反応である。その中で、チロシン残基のリン酸化反応は動物に固有の反応であり、細胞間情報伝達を担うことから多細胞動物の成立に必須の要素であると考えられている。本研究では、多細胞動物の成立におけるSrcチロシンキナーゼの本質的な存在意義を明らかするために、動物に近い単細胞原生生物(立襟鞭毛虫)およびSrc遺伝子ファミリーが最もシンプルに進化した線虫をモデル系として用いた解析を行い以下の成果を得た。1)立襟鞭毛虫PAKキナーゼ遺伝子が、多細胞動物細胞においてはがん遺伝子として機能することを見いだし、その動物進化過程における機能的変化を解析した。その結果、Srcと同様に動物の多細胞化に伴ってPAKの活性制御機構が成立してきたことを明らかにした。2)線虫SRC-1と相互作用する分子としてPrickle-1を同定した。その変異体の解析より、Prickle-1がSRC-1とともにWntシグナル伝達系と連携して初期発生における細胞運命決定において必須の役割を担うことを明らかにした。3)脊椎動物ではSrcの制御因子として機能するCskチロシンキナーゼの線虫における役割を解析した。線虫では、Csk(CSK-1)がSrc(SRC-1)と独立して咽頭筋の構築で必須の役割を担うことを明らかにし、CSK-1の新たな基質候補分子を同定した。この結果より、CskによるSrcの制御系が動物進化の過程で多様化していることが示された。4)SRC-1変異体で観察される神経細胞の前方方向への移動の異常のメカニズム解析を行い、その表現型と同様な異常を示す変異体としてmig-13変異体を単離した。さらにそのsuppressor変異体を単離し、SRC-1が神経細胞の位置情報の決定に重要な役割を担うことを明らかにした。
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