ウイルスに代表される細胞侵入性の病原体感染は、(1)病原体の細胞内への侵入、(2)病原体の複製・増幅、(3)宿主細胞の破壊と病原体放出、の3つのステップによって成立する。本研究では、上記各ステップにおけるイノシトールリン脂質群(PIPs)の動態を解析し、最終的には「PIPs動態の人為的操作による病原体感染制御(感染防御・排除)の可能性を検討」することを目的としている。そこで本年度の研究ではHCVを題材として、その感染初期におけるPIPs動態の変化を解析したが、従来のPIPs解析法(TLC解析・蛍光プローブ解析)で検出可能な変化は見いだせなかった。なお、抗PIPs抗体を用いた解析法に関しては、その至適化が検討課題として残った。さらに感染初期においてはPI3Kシグナル系・mTORシグナル系の変化も共に見いだすことができなかったことから、これらのシグナル系がHCV感染の初期応答に関与している可能性は低いと考えられた。またPIPs動態解析のツールとしてテトラサイクリン誘導性の低発現ベクターによって蛍光プローブを発現する実験系を新たに開発し、より低い侵襲性のもとでの解析が可能となった。一方、感染中期から後期にかけて観察されるHCV由来タンパク質(NS3、NS5)の産生およびHCV粒子の放出がPTENおよび他のPIホスファターゼの発現阻害によって影響されることを見いだした。これは、HCV複製・放出過程へのPIPsの関与を初めて示した結果である。今後レプリコン細胞等を用いてHCV複製時のPIPs動態変化を解析する実験系の確立が新たな検討課題となった。
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