神経栄養因子Brain derived neurotrophic factor (BDNF)は極低濃度で中枢神経系の回路形成に極めて重要な作用を示す分泌性タンパク質で透る。本研究では小脳を材料として、このスライス標本に蛍光標識BDNFを投与し、BDNFとその受容体であるTrkBの振る舞いを1分子レベルで観察するとともに、小脳神経系のシナプス活動を電気生理学的に計測する実験系の確立をおこなった。蛍光色素Cy3で標識したCy3-BDNFを調製し、これを最終濃度5nMでニワトリ17日胚由来の小脳スライス標本に投与したところ、小脳表層から内部に向かう筋状の構造にCy3-BDNFが特異的に結合することを見いだした。さらにこのBDNFは、主として小脳表層からプルキンエ細胞の細胞体が存在する層に向かって輸送されていることを見いだした。検討の結果、この筋状構造はバーグマングリア細胞であることが示唆された。バーグマングリア細胞は小脳神経系に極めて重要な細胞であり、小脳表層から内部に向かう顆粒細胞の移動や、顆粒細胞由来の平行線維とプルキンエ細胞のシナプス伝達の恒常性を維持している。バーグマングリア細胞に対するBDNFの生理機能は不明である。そこで、小脳スライス標本でバーグマングリア細胞の電気的活動と、BDNFの作用を同時に計測する顕微鏡の構築をおこなった。スライス標本内で蛍光1分子観察をおこなうために、シングルモード光ファイバーを内蔵したガラス微小ピペットをスライス内に挿入した。光ファイバーに励起レーザー光を導入すると、光ファイバー端面近傍で、100nMの濃度で投与したCy3-BDNFを1分子観察することが出来た。この光ファイバー先端をスライス内のバーグマングリア細胞膜の近傍に密接させ、同時にパッチ電極でバーグマングリア細胞の電気記録をおこなうことにより、目的とする実験系を確立させた。
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