地球上で昆虫が繁栄してきた要因の一つとして、翅の獲得が挙げられる。昆虫翅の進化的な由来については古くから議論され、いくつかの仮説が提唱されているものの、未だに決定的な証拠は示されていない。この昆虫翅の起源の問題にアプローチするために有翅昆虫に最も近縁な無翅昆虫であるシミ目に属するマダラシミ(Thermobia domestica)に着目した。昆虫の翅形成については、主にショウジョウバエにおける研究から、vestigial(vg)およびscalloped (sd)の両遺伝子が必須の機能を有することが明らかとなっている。そこで本研究では、マダラシミからクローニングしたvgおよびsdについて、RT-PCR法により各体節における発現解析を行った。その結果、マダラシミのvgは胸部全体節で高い発現を有していることが明らかとなった。興味深いことに、有翅昆虫において通常翅の存在しない前胸でもマダラシミにおいては他の胸部体節と同程度の発現が認められた。マダラシミの胸部各体節には側背板と呼ばれる背板側方部の突出構造が存在しており、この構造から翅が派生したとされる仮説が提唱されている。今回の結果から、vgが側背板のような突出構造の形成に関与している可能性が示唆された。 また、飛べないテントウムシの作出法を開発する過程で、これまで明らかにされていなかったsdの新規機能を発見した。さらに、このsdの新規機能はチャイロコメノゴミムシダマシ(Tenebrio molitor)においても保存されていることが明らかとなった。
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